アイドルマスター SS
真美ちゃんといっしょに

 どこだろう、ここは。
 よく知っているような、それでいて、初めて見るような風景。
 ビルの中とおぼしき部屋の中には、何人かの人影が見える。その人たちのことはよく知っている気がするのに、なぜか名前も思い出せない。
 こーゆーの、なんて言うんだっけ……。きちかん?
 そうだ、あの人たちに、ここはどこか聞いてみよう。そう思って、そっちに歩いて行く。
 でも、歩いても歩いても、その人たちには近づけない。ほんの数メートル先にいるはずなのに。
 気がつけば、人影はもうどこにも見えなくなっていた。あたりは一面の白い霧のようなもので囲まれていて、部屋の中にいたのかどうかも怪しくなっていた。
 不安になった私は、大切な人の名前を呼んでみる。
「ママーっ、パパ−、どこー?」
 返事はない。
「亜美、どこだよーっ!」
 誰も答えてくれない。もしかして、世界は真美ひとりぼっちになっちゃったんじゃないか、そんな不安がわき上がってくる。
 ううん。そんなはずは無い。あの人なら、きっと真美のことを見つけてくれる。
 ……もし返事が無かったら。ううん、そんなはず無い。だって、ずっと一緒にいてくれるって約束したもん。
 だから、私は。
 一番大切なその人の名前を叫んだ。
「ゆきぴょん!!」
「なあに、真美ちゃん?」
 後ろから聞こえてくる、優しい声。ああ、やっぱりだ。ゆきぴょんはいつだって真美のそばにいてくれるんだ。
「ゆきぴょ〜ん!!」
 名前を呼びながら、ゆきぴょんに抱きつく。ふわりといい香りが鼻をくすぐる。
「もう、真美ちゃんってば、どうしたの?」
 ゆきぴょんも、真美を柔らかく抱きしめてくれた。真美の頬が、ゆきぴょんの胸に……あれ?
 何か、いつもと感触が違う。私は、目を開けてゆきぴょんを見ようとした。
 そこに見えたのは、ゆきぴょんの前髪。さらさらで綺麗で、大好きなゆきぴょんの髪。
 って、あれ? あれ? なんで? 何でゆきぴょん、小さくなってるの?
「どうしたの、真美ちゃん?」
 ゆきぴょんが、真美の事を、見上げた。
「なんでーっ!?」

 ぱちり。
 目が開く。
 部屋の中は真っ暗。蛍光灯のそばの豆球だけが、部屋の中をほんのり照らしている。
 暗さに慣れてきて、目に映ったのは、自分の部屋とは違う天井の模様。背中には柔らかいベッドの感触。
「夢……だったんだ」
 首を回して、横を見ると、ゆきぴょんが幸せそうな顔で眠っていた。
 とりあえず、ゆきぴょんと一緒に寝ていることだけは現実みたいだったのでほっとした。
 今日は、ゆきぴょんの家でお泊まり会。本当は、亜美も来るはずだったんだけど、風邪を引いて寝込んじゃった。真美は、亜美の看病をするって言ったんだけど、
「いーからいーから。行ってきなよ。せっかく、ゆきぴょんと二人きりになれるチャンスじゃん!」
 なんて言われてしまった。
「……知ってたの?」
「んっふっふ〜。双子だかんねー。ま、なんとなくだけど」
 すっごく恥ずかしかったけど、でも、バレたのが亜美でよかったと思う。
「ありがとね」
「そのかわり、あとでナニしたか、ちゃんとおじさんに教えるんじゃぞ〜」
「むー、絶対教えてやんない!」
「あー、冗談だってばー。でも、がんばんなよ」
「……うん」
 とまあ、そんなこともあって、ちょっとは期待してたんだ。ぱんつだって、一番かわいいの選んだんだから。
 でも、実際は。
「じゃ、真美ちゃん、電気消すね。おやすみ」
「う、うん。おやすみ、ゆきぴょん」
 一緒のベッドで寝れるのは嬉しかったけど、それだけ。
 そのうちに、だんだん目がとろ〜ん、ってなってきて、いつの間にか眠っちゃってたみたい。そして、見た夢がさっきの。
「変な夢だったな……」
 今は、ベッドの中だから、ゆきぴょんの顔が、真美の目線のすぐ先にある。
 そっと手を伸ばして、髪に触れてみる。さらさらの綺麗な髪。
 それから、手を下ろして、頬に触れた。白くて、柔らかい頬。
 そのすぐそばで、小さく開かれた唇。
「真美がもっと大きくなったら、ゆきぴょんも真美の事、意識してれるのかな……?」
 触れていいものかほんの少し迷ったけど、触りたい、という気持ちの方がずっと強かった。
 ぷに。
 頬よりも、さらに柔らかい。寝息が指にかかってゾクゾクする。
 指に感じる心地よさと、イケナイ事をしているという気持ちが混じって、ドキドキした。
 でも、そこまで。伸ばしていた腕をゆっくりと引っ込める。
 こんなことをしても、ゆきぴょんは真美の事を見てくれないのは判っているから。
「早く、大人になりたいよ……」
「ん……まみちゃん?」
 え、やだ、ゆきぴょん起きちゃった? 今の、気づかれた?
「え、えっと、その」
「真美ちゃん、もしかして、枕変わると眠れない方? ベッド、体に合わなかったかな?」
「ち、違うの。変な夢見ちゃって」
「変な夢?」
 とっさに言い訳をしてしまった。困ったことに、ゆきぴょんはその夢の内容を聞かせてほしいと言い出したので、しかたなく、さっき見た夢の内容を話すことにした。嘘はついてないけど、恥ずかしいから、抱きしめられたことは秘密にしておく。
「うー、真美ちゃんまで私のこと、そんな風に見ていたんだ。どうせ、私は、ひんそーでちんちくりんですよー」
 ちょっと怒った顔を見せるけど、ぜんぜん怖くなんか無い。というか、かわいいなあ、って思う。
 思えば、ゆきぴょんの事を意識しはじめたのも、ああやって『ひんそーでちんちくりんで』って、落ち込んでたときだった。同じ事務所の仲間が落ち込んでるのは嫌だな、って思ったから、ちょっと励ましたんだよね。
 その後、オーディションに受かって、『真美ちゃんのおかげだよっ』って抱きつかれて。そのときの笑顔に、やられたんだ。
「どうしたの? 真美ちゃん。急に黙っちゃって」
「あ、ううんなんでもない!」
 ゆきぴょんの顔が近い。一緒のベッドに寝ているから、普段と違って、目の前にゆきぴょんの顔がある。さっき見た夢と同じ感じ。
「でも、おかしいよね。ゆきぴょんのほうが真美よりちっちゃいなんて」
「ふふふ。もしかしたら、そのうち正夢になるかもよ?」
 え? どういうこと?
「真美ちゃん、今、身長何センチ?」
「えっと、こないだ計ったときは、たしか、149センチだったよ」
「やっぱり。私が真美ちゃんと同じくらいの頃は、今のやよいちゃんより小さかったんだから」
「うそっ!?」
 やよいっちより小さいゆきぴょんを想像してみる。小さい体に大きなランドセルをしょって。男の子の前でしどろもどろになったり、犬を見て怖がったりして、そのたびに真美がゆきぴょんのことを守ってあげる、そんな毎日。でも、真美とふたりの時は自分がお姉さんっぽく真美の手を引いてくれるんだ。 ……うわぁ、やばい。それ、かわいすぎない?
「真美ちゃん、どうしたの?」
「はっ、ううん、なんでもないなんでもない!」
 やばい、ぴよちゃんの気持ちがちょっとわかってしまった。うう、嫌だなあ……。
「でもね、中学生になって、急に背が伸びたんだ。とはいっても、今やっと154センチだけど」
「あ、ゆきぴょん、いつも、ちんちくりん、って言ってるのって、もしかして」
「うん。その頃に、ちょっとね。男の子とかにからかわれたりして……」
 あれか、とらくまとか言うやつ。
「むかーっ! ちくしょう、そいつら全員ぶん殴ってやりたいーっ」
「だ、だめだよ、真美ちゃん。女の子がそんなこと言っちゃ……」
「だって、ゆきぴょんが!」
 真美がその場にいたら。絶対、ゆきぴょんの事守ってあげたのに。
「でもね、真美ちゃんのおかげで、私も少し自信が付いてきたんだよ」
「へ? 真美のおかげ?」
 なにかしたっけ。抱きついたりはしてたけど。
「真美ちゃんが、いつもそばにいてくれたから、私も真美ちゃんに負けないようにしなくちゃ、真美ちゃんのこと守ってあげなくちゃ、って思うようになって、それが少しずつ自信になっていったんだよ」
「ゆきぴょん……」
「妹ができたみたいで、嬉しかったな」
 ぐさり。
 さっきまでのこそばゆくて、でも幸せな気持ちが固まる。
 わかっていたはずなのに。その言葉は真美の心をぐらぐらと揺さぶった。
 だから、つい本当の気持ちを口に出しちゃったんだ。
「……ゆきぴょんにとって、真美は、やっぱり妹なの?」
「真美ちゃん?」
「真美は、ゆきぴょんのことが好きだよ。お姉ちゃんとか友達じゃなくて、ほんとに好きなの!」
「真美ちゃん……」
 ゆきぴょんの顔がこわばる。
 わかってしまった。それが、言ってはいけない言葉だった、って事を。
「…………」
「…………」
 二人の間に、沈黙が流れる。
 ああ、どうしよう。もう、ゆきぴょんは、真美の事を今までのようには見てくれないだろう。ゆきぴょんは優しいから、何もなかったかのようにしてくれるかも知れないけど、それでも、もう、今までみたいに一緒にはいられない。
 真美はバカだ。ゆきぴょんのそばにいられるなら、妹でもよかったのに。
「も、もう寝るね。おやすみっ」
 ゆきぴょんに背を向けて、目を閉じた。眠ろう。もしかしたら、これは悪い夢で、朝起きたら、ゆきぴょんは今まで通り微笑んでくれるかもしれない。
 きつく目を閉じて、体を丸める。おねがい。早く真美を眠らせて。
「真美ちゃん……ごめんね」
 背中から聞こえる、ゆきぴょんの小さな声。静けさに包まれた部屋は、小さなはずのゆきぴょんの声を、はっきりと真美の耳に届けてしまう。
 嫌だ。聞きたくない。思わず両手で耳をふさぐ。
「真美ちゃん……私も、真美ちゃんのこと、好きだよ」
 ふわり。背中に暖かくて柔らかい感触。真美のおなかのあたりに回される白い腕。鼻をくすぐる甘い香り。
 やだ。そんなに優しくしないで。まだ、ゆきぴょんの事、好きなのに。
「最初はね。亜美ちゃんとセットで妹みたいだと思ってた。でも、二人と一緒にいるうちに、二人が違うことが判ってきて、いつの間にか、真美ちゃんの方を目で追うようになってた」
「…………」
「でも、真美ちゃんは小学生だし、そんな気持ちはまだ無いって、そう思ってた。……ううん、そう思うようにしてたの」
 体をひねって、そっとゆきぴょんの方を見る。少し、目が潤んでいるのは気のせいかな?
「真美ちゃんの気持ちに気づけなくって、自分の事ばかり考えてた。ごめんね。私の方が年上なのに、真美ちゃんにあんな事言わせちゃって。ほんと、コドモだよね」
 そう言って、ゆきぴょんは淋しそうに笑う。
「真美だって、まだ子供だよ! ゆきぴょんの考えてることなんてぜんぜん知らなくて、困らせることばかり言っちゃって」
 ぎゅっ。真美を抱くゆきぴょんの腕に力が込められる。
「真美ちゃん、好き。大好き。ずっと、言いたかった。ずっと、こうやって抱きしめたかったの」
「ゆきぴょん!」
 私もゆきぴょんの背中に腕を回す。体をひねった時に少し位置がずれたのか、目線の少し下に、ゆきぴょんの潤んだ瞳。
 ああ、まるで、夢の中で見た情景のよう。本当に正夢だったんだ、あれ。
「ねえ、真美ちゃん」
「ん? なに?」
「私はまだコドモだから、真美ちゃんのこと、守ってあげられないかもしれない。また、真美ちゃんの気持ちに気づかないことがあるかもしれない」
「そんなの関係ないよ! 真美は絶対、ゆきぴょんのこと好きでいるから!」
「うん、だからね……。二人で、いっしょに、オトナになりませんか?」
 ああ、ゆきぴょんを好きになってよかった。この人となら、ずっと一緒にいられる。ずっと、真美の事を好きでいてくれる。だから、真美は、何も言わずにゆきぴょんを強く抱きしめた。
 ゆきぴょんも真美のことを抱く腕に力を入れた。体が密着する。顔が近づく。
 そっと、ゆきぴょんの目が閉じられる。私も、ゆっくりと瞳を閉じた。
「んっ……」
「んん……」
 唇に、やわらかくて温かいものが触れる。たったそれだけのことで、頭の中が幸せで満たされる。
 どれくらいそうしていたんだろう。やがて、ゆきぴょんの唇がゆっくりと真美から離れた。
「はぁ……」
「あぁ……」
 どちらからともなく、深い息を吐く。ずっと息を止めていて苦しかったことにやっと気づいた。でも、その苦しみすら心地よく感じる。
「えへへ、なんかすごく幸せ〜」
 顔が自然とにやけてしまう。
「うん、私も。好きな人とキスするのが、こんなに幸せだなんて思わなかった」
 ゆきぴょんも、すごくだらけきった顔をしていた。真美だけがゆきぴょんのそんな顔を見られるんだ、って思うと、またすごく嬉しくなった。
「ねえ、真美ちゃん。今日はこのまま寝よう。ね?」
「うん、いいよ」
 二人、抱き合いながら目を閉じる。なんだか幸せすぎて、どうにかなっちゃいそう。
 その晩見た夢は、よく覚えていない。でも、どうだってよかった。
 きっと、あのキス以上に幸せな夢は見ていないだろうから。

- Fin -

あとがき


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