マリア様がみてる SS
春眠、暁を……

祐巳と祐麒

「ふぁぁぁぁぁぁぁ…………………」
 大あくびをしながら祐巳は、顔を洗うため、洗面所に向かった。起きぬけのため、目はとろんとしていて、髪はぼさぼさ。少し目やにもついている。あまり他人には見せたくない姿だ。だが、そんなことも気にかけることが出来ないほど、眠たかった。
「おはよ、祐巳」
 洗面所には、先客がいた。弟の祐麒だ。
「あ、祐麒、おふぁよぉ……ふぁあぁ」
「はぁ……」
「なによ……、朝から溜息なんてついちゃって」
「朝から人前で大あくびかます姉の姿を見て情けなくなってるだけ」
「うぅ……」
 弟の祐麒は気をきかせるとか気を遣う、というのがうまい子だ。それは認める。でも、家の中でぐらいあくびしてもいいんじゃない?
「家の中ならいいけど、学校ではするなよ」
 ……ほんと、よく気がきく弟だ。
「わかってるわよ……ふあぁ。なんで、春ってこんなに眠いのかしら」
「そんな大あくびしてると、祥子さんに笑われるぞ」
 ぐさっ。朝から痛いとこを突く……。
「わ、わかってるわよっ!」
「じゃ、顔あらってすっきりしな。ほら、空いたから」
「うん、ありがと」
 蛇口から流れる水を手にすくい、顔を洗う。このごろは日に日に暖かくなっていくのを感じるけど、朝の水道の水はまだ冷たくて、嫌でも目がさめた。
「んっ………」
 タオルで顔を拭いて、軽く背伸び。洗面所の窓からは朝日が差し込んでいる。今日も、いい天気になりそうだ。
 改めて鏡を覗き込む。目やには取れているが、髪は相変わらずぼさぼさのままだ。
「お姉さまみたいな髪だったらなぁ……」
 いつ見てもお姉さまの髪は美しい。「みどりの黒髪」と呼ぶのがぴったりな、まっすぐな黒髪。
「……なんて事考えててもしょうがないか」
 ドライヤーをコンセントに挿し、スイッチを入れる。ブォー、という音を立てて熱風が勢いよく吹き出す。ドライヤーの風を当てながらブラシを通す。
「それにしても……」
ブォー
「こういうあったかい空気が当たると眠くなるのよね……」
ブォー
「う〜、眠い……」
ブォー
ブォー

 数秒後。洗面所から、祐巳の「アチチッ!」という叫び声が聞こえて、祐麒は早くも本日二度目の溜息をつくことになった。


祐巳と由乃

 なんで、春ってこんなに眠いのかしら。
 島津由乃は、流れてくる先生の声を聞きながら、そう思った。
(だいたい、4時間目に古典の授業ってのが良くないのよ。眠くなるに決まってるじゃない!)
 由乃が眠いのは、昨日の晩、遅くまでテレビで放送していた映画を見ていたからなのだが──しかも、ラストがひどい終わり方で、ついつい令に怒りの電話をかけて、さらに遅くまで話し込んでしまったのだ。それに付き合う令も令だが──そんなことは棚に上げて、生徒に苦痛を強いる理不尽な学校の体制に、怒りを覚えていた。一般的に、八つ当たり、といわれる行為である。だが、その怒りはちょっとだけ由乃の目を覚まさせた。
 相変わらず退屈な授業は続いている。ちょっと目を動かすと、他にも何人かの生徒がうつらうつらしているのが見えた。その中の一人の生徒に目が止まる。
(……祐巳さん!)
 祐巳は机の上で頬杖をついていた。その手の上に載せられた頭が、少しづつ、下に下がっていた。
(あのままじゃ……あ、ぁ、落ちそう……)
 だが、席が離れている由乃になす術はなかった。
 ガクン!
 祐巳の頭が手を滑り落ちた。
(あぁっ……やっちゃった……)
 祐巳はガバッと頭を上げ、周りをきょろきょろとしていた。何が起きたのか自分でも分かってないのだろう。机に頭をぶつけなかったのは不幸中の幸いと言うべきか。
(大丈夫かしら……)
 気が付けば、すっかり目がさめている由乃だった。

 授業も終わり、祐巳と由乃は薔薇の館へ向かい歩いていた。
「大丈夫? 祐巳さん?」
「えへへへ……見てた?」
「見てた」
 廊下のど真ん中でがっくりとうなだれる祐巳。
「まぁ、わかるけどね……。私もすごく眠かったし」
「うぅ……あんまりフォローになってない気が……」
「ふあぁぁ。それにしても、春って眠くなるわよねぇ」
「ほんとほんと。あ、志摩子さんだ」
「ごきげんよう、白薔薇さま」
「ふぁぁ。あら、ごきげんよう、祐巳さん、由乃さん」
「…………」
「…………」
「どうしたの? ふたりとも?」
「いや、志摩子さんでも廊下であくびとかするんだなぁ、って……」
「まさか、授業中寝てたり……してないわよね?」
「祐巳さんみたいに?」
 ビクゥッ。祐巳が固まる。
「どどどど」
「どうして、って? だって、去年もこの時期、祐巳さんよく授業中に居眠りしてたから……」
 祐巳ちゃん、顔真っ赤っか。
「その様子だと、やっぱり寝てたのね」
 ああ、もう、由乃さんだけでなく志摩子さんにまで見られてたなんて。しかも、1年生のこの時期、お互いまだあまり親しくはなかったはずで。よっぽど印象に残る寝こけかたをしていたのだろうか。
「あっ、あのっ、お願いがあるんだけどっ」
 祐巳は二人の前に回りこんで、言った。
「……お姉さまには内緒にしてね」
「わかってるわよ」
「別に言いふらしたりする気はないから」
「うううう、ありがとう〜〜」
 もちろん、この後、由乃が令に何気なく話し、令は何気なく祥子に話してしまう事まで、祐巳に考えつく余裕は無かったのである。


祥子と祐巳

「ごきげんよう」
 祥子はいつもどおりに薔薇の館の2階のドアを開けた。いつもはにぎわっているその部屋だが、今日はまだ誰も来ていなかった。
 いや、一人いたことはいたのだが──。
「祐巳ったら……」
 部屋の中では、彼女の妹、祐巳が寝ていた。いつもの席に座り、テーブルに腕と頭を乗せて。
「まったく……」
 祥子は鞄を置くと、祐巳を起こそうと手を伸ばし──その手を止めた。
 それは、とても幸せそうな寝顔だったから。
「まだ誰も来てないし……少しぐらいならいいわよね」
 祐巳の隣の椅子──そこはいつもの祥子の指定席なのだが──にすわり、改めて祐巳の寝顔を見た。
「こうして祐巳の寝顔を見るのはお正月以来かしら……」
 あの時は、すぐに白薔薇さま──佐藤聖さま──が目を覚ましてしまったので、ゆっくりと眺めることが出来なかったけど、今日は──。
「……お姉さま」
「! ……起きたの?」
 だが、祐巳はまだかすかな寝息をたてていた。
「もう……」
 ほっと小さな溜息をつく。私の夢を見ているのかしら。この子の夢の中の私はどんなだろう……。でも、こんな幸せそうな寝顔をしているのだ。少しは自惚れてもいいのかもしれない。そう思ったとき、また祐巳が唇を開くのが見えた。
「……好きです」
「ゆゆゆゆ祐巳っ!?」
 だが、今度も祐巳の寝言だったらしい。
「……まったく……どんな夢を見てるのかしら……」
 祥子は、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、改めて祐巳の寝顔を見つめた。やわらかそうな頬。ちょっと短めの睫毛。小さな唇。見慣れているはずなのに、どきどきするのは何故なのだろう。
 触れてみたい──衝動的に、そう、思った。
 今なら誰もいない……。そっと、祐巳の頬に唇を近づける。祐巳との距離が近づくにつれ、心臓の音が大きくなるのがわかる。少し、静まって欲しい。祐巳が起きてしまう……。お願い。今だけは目を覚まさないで。あと3cm……2cm……1cm……。
 その時、会議室のドアが開いた。
「ごきげんよう」「ごきげんよう」
 祥子は反射的に祐巳から身体を離した。
「あ、あら。令に由乃ちゃん。ごきげんよう」
「っと……お邪魔だったかしら?」
 令が意地の悪い笑顔を浮かべながら祥子に尋ねた。由乃もクスクスと笑っている。
「お、お邪魔だなんて、何が……」
 見られたのだろうか。いや、見られてなくても今の自分の顔がすべて物語ってるに違いない。きっと、真っ赤になってるだろうから……。
「ほ、ほら。祐巳。起きなさい」
「んぁ……? あれ……お姉さま……って、お姉さまっ!?」
 祐巳はガバッと勢いよく身体を起こした。
「ごきげんよう、祐巳」
「ご、ごきげんよう、お姉さま。すいません、ついウトウトしちゃって……」
「いいわ。どうせ誰も来ていなかったのだし」
 あれ? と祐巳は思った。拍子抜け、というのだろうか。また叱られるかと思ったのに……。
「ほら、そんな格好で寝てたからタイが曲がってるわよ」
 祥子はそう言うと、祐巳の胸元に手を伸ばし、タイを結び直した。
「祐巳さん、なにか夢でも見てたの?」
 タイを結び終えたのを見計らったかのように、由乃が尋ねた。
「え……?」
 ボッと祐巳の顔が紅くなる。つられて祥子の顔も紅くなっていたが、そのことに気づく余裕は祐巳には無かった。
「見事に紅薔薇姉妹だねぇ」
「ほんと」
 令と由乃のニヤニヤ笑いはしばらく止まらなかった。

- fin -

あとがき


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