灰羽連盟 SS
過ぎ越しの夜

 ごーん、ごーん、ごーん、ごーん。
 静まり返ったグリの街に、鐘の音だけが響きわたる。
 今日は過ぎ越しの祭。お世話になった街の人たちに鈴の実を贈り、ラッカたちはオールドホームへの帰途についていた。
 「今年ももうすぐ終わりだね」
 「そうね。今年もいろいろあったわね……あら?」
 もうすぐオールドホームに着こうかというとき、ラッカたちはオールドホームの入り口の側で、誰かが立っているのを見つけた。頭の上で光輪が光っていて、背中に羽があるのがわかる。灰羽だ。もうすぐ祭も終わろうかというこんな時間に、何の用だろうか。
 少し近づくと、向こうもこちらに気づいたのか、駆け足でラッカたちの側に寄ってきた。だが、あたりは暗く、まだ誰だか分からない。
 「もう、おっそいわね! どこほっつき歩いてたのよ!?」
 「その声は……ミドリ?」
 「誰だと思ったのよ。……久し振りね、ラッカ」

 ラッカとミドリは、オールドホームのゲストルームに場所を移していた。他のみんなは、もうすぐ祭の終わりと言いうことで、壁の見える丘に年少組を引き連れて移動している。
 ラッカはお湯を沸かし、突然の客人に紅茶を入れる準備をしていた。
 レキが巣立った後、何となく話すことが多くなったラッカとミドリ。周囲からは意外な組み合わせに映っていたようだったが、そんなことは構わず、話をしたり、一緒に買い物に出かけたりという機会が多くなっていた。
 「でも、どうしたの? 突然」
 「どうしたの、って、今日は過ぎ越しの祭じゃない。だからね、はい」
 そう言ってミドリが差し出したのは、赤い鈴の実。
 「わ、ありがとう。そうだ、私も」
 ラッカもポケットから、赤い鈴の実を取り出し、ミドリに手渡した。
 「今年一年、ありがとうございました」
 「こっちもね」
 「それにしても、ほんとひさしぶりだよね。三カ月ぐらいかな?」
 「うん、ちょっといろいろあってね……」
 ミドリは少しうつむいて、
 「ヒョコが、巣立った」
 そう言った。
 「そう、だったんだ……」
 三ヶ月ほど前、西の森の方に見えた光の柱。オールドホームの灰羽達ではなかったので、廃工場の灰羽だとは思っていたが、それが、氷湖が巣立った時のものだったらしい。
 「ヒョコさんは、何か言ってた?」
 「ん、別に。じゃあな、っていつも通りだったわ」
 台所の方から、ピー、という甲高い音が響いた。どうやら、ヤカンで沸かしていたお湯が沸いたらしい。慌てて台所に向かうラッカ。
 しばらくして、ラッカはカップに入れた紅茶を持ってきた。淹れたての紅茶が、湯気と心地よい香りを立てている。
 「でも、ちょっと安心した」
 「なんで?」
 ミドリが怪訝そうな顔で尋ねる。
 「二年前の私みたいになってないみたいだから」
 「二年前って……」
 ミドリの脳裏に、髪の長い、どこか寂しげな目をした、優しい灰羽の姿が思い浮かんだ。
 「ううん。レキじゃなくて。その前に、クウ、っていう灰羽が巣立ったの。当時の私はまだ巣立ちのことも知らなくて、すごく落ち込んで……罪の輪に入ってしまったから」
 あの苦しみは、誰にも味わってほしくないから。
 「そうね。やっぱり落ち込みはしたわよ。一ヶ月ぐらいはね。あんたに会いに来なかったのもそれが原因だし……。でもね、あと二ヶ月は、落ち込む暇もなかったってのが正直なところよ」
 「どういうこと?」
 「新しい子が、生まれたのよ」
 「そうだったの? なんで早く教えてくれなかったのよ?」
 「仕方ないじゃない。こちらは子育てなんて初めてなんだから。あんたたちのところはいっぱいいるから手分けも出来るだろうけど、こっちはみーんな、あたしに押しつけて。まったく、あの男共と来たら……」
 そう言ってため息をつくミドリ。どうやら、忙しかったのは本当らしい。たぶん、廃工場の灰羽達も、彼らなりに考えたんだろう。ミドリが氷湖のことを好きだったのはみんな知っていたから、落ち込んだミドリを見かねてに違いない。
 「それで、どんな子なの?」
 「うーん、そうねー」
 その時、外から、ミドリを呼ぶ声が聞こえた。
 「ミドリーっ、そこにいるのーっ!?」
 凛とした、女の子の声。その声を聞いて、ミドリががっくりと肩を落とす。
 「噂をすればなんとやら、ね……。話題の主が来たわよ」
 声の主を探そうと、ラッカはベランダに続く窓を開けた。冷たい冬の空気が部屋の中に流れ込む。
 ベランダから下を見ると、一人の灰羽の女の子がそこにいた。年は十二、三といったところか。色素の薄い髪を、後ろで三つ編みにしているのがわかった。
 「いるから大声で人の名前を呼ぶなーっ」
 いつのまにかベランダに出てきたミドリが、下にいる彼女に、大声でそう言った。
 「クスッ」
 「なによ?」
 「ううん、なんでもないなんでもない。とりあえず、下に行こ」
 そう言うと、ラッカはミドリの手を取り、再び部屋の中に戻った。

 ラッカとミドリが中庭に降りると、その子はミドリに飛びかかるように抱きついてきた。
 「もうっ、ミドリってば、一人でどっか行っちゃうんだもん!」
 「今日は、オールドホームに行く、って言ってたでしょ?」
 「だったらあたしも連れてってよ!」
 「だって、用があったのはあたしよ。それに、あんたは初めての祭なんだから、みんなと一緒にいなさい、って言ったでしょ?」
 「だって……ミドリといたかったんだもん」
 「あんたねえ……」
 文句は言いながらも、ミドリはどこか嬉しそうな顔をしていた。
 「その子がさっき言ってた新生子?」
 「そ。コト、って言うのよ」
 「私はオールドホームのラッカ。よろしくね」
 「あ、あの、はじめまして。コト、って言います……」
 さっきまでミドリと話していた時とは別人のように、コトは小さな声で挨拶をした。どうやら、かなり人見知りする性格らしい。
 「コト、か。綺麗な名前だね」
 「ミドリがつけてくれたの! あたしも気に入ってるんだ」
 なるほど。それでミドリに懐いていたのか。
 「ミドリ、口ではいろいろ言うけど、面倒見いいもんね」
 「いや、別にそういうつもりは……」
 口ごもるミドリ。好きだった人を失った彼女にとって、コトの存在は、大きな心の支えになっているのだろう。
 その時、零時を告げる鐘が、鳴り響いた。
 「いっけない! 始まっちゃうよ! ミドリ、コト、行こう!」
 「ちょっと、ラッカ。行くってどこに行くのよ!」
 「丘の上! 壁がよく見えるのよ」
 ラッカが走り出すのを見て、ミドリもコトの手を取って走り出した。

 丘の上では、既にネムやカナ達が、その時を待っていた。
 「あ、ラッカ。やっぱりここで見るんだ」
 「うん。やっぱり、ここが一番見晴らしいいし」
 「ねえ、ラッカ、そちらは? ミドリは知ってるけど」
 ネムがミドリの隣にいる少女を見て、ラッカに訊いた。
 「コト、って言うんだって。廃工場の新生子」
 「へえ、久しぶりじゃない? 廃工場の方で新生子が生まれたのって」
 そんなラッカたちの様子を見て、コトが尋ねた。
 「ねえ、ミドリ。何が始まるの?」
 「静かに。耳を澄まして」
 そのミドリの言葉で、そこにいたみんなが口を閉じた。
 やがて、ゆっくりと、静かに壁が光りだす。光は徐々に広がり、やがて、街は光に包まれた。蛍のような、熱を伴わない、けれども優しい光。
 「すごい……」
 コトが感極まった様子で呟いた。
 「そっか、コトは初めてだっけ」
 「ねえ、どうなってるの、ミドリ!?」
 「どうなってるかなんて知らないわ。ただね、あの光は、この一年、壁が見てきたこの街の人たちの思い、なんだってさ」
 「人たちの、思い──」
 コトはしばらく何か考えたあと、ミドリに尋ねた。
 「じゃあさ、あの中には、ミドリやラッカの思いも入ってるの?」
 「さあねえ、入ってるんじゃないかしら」
 いつものつっけんどんな調子でミドリが答える。そこに、ラッカが横から口をはさんだ。
 「入ってるよ、きっと。それに──」
 「それに?」
 「壁自体が光ってる、ってことは、壁を越えた灰羽にも、あの光が届いてる、そう考えると嬉しくならない?」
 「壁の向こうに……」
 グシッ。ミドリが洟をすする。
 「ミドリ? なんで泣いてるの?」
 「あ、ううん。なんでもない。あたしは──もう大丈夫だから」
 涙を流し続けるミドリと、彼女を抱きしめるコト。
 その隣で、ラッカもいつの間にか、涙を流していた。
 「そうだよね、私の思いも、届いてるよね──」
 涙を流しながらも、笑顔でラッカはそう言った。ずっと忘れることの無かったあの人への思い。それは、きっとこの光とともに、あの人に届いているのだろう。
 そして、誰にも聞こえないよう、そっと呟いた。
 「大好きだよ、レキ」

- fin -

あとがき


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