アカイイト SS
幸せの温度

『ネコミミ♪ ネコミミモード♪』
「ねえ、ノゾミちゃん、もう遅いから、ビデオに録って、明日見ようよ〜」
「嫌よ。ちゃんと放送時間に見るのがテレビの醍醐味じゃない」
 そんな醍醐味、聞いたこと無いんですけど。
「それに、ビデオって、使い方が判らないから嫌いよ」
 うぅ、お母さんと同じこと言うし〜。
「じゃ、せめて、わたしは寝かせて〜」
「駄目。一人で見たってつまらないじゃない」
「だって、わたし、明日も学校……」
「また貧血だ、って言って、保健室とか言うところで寝ていればいいじゃないの。嘘をつくのが嫌だというのなら、本当に貧血にしてあげてもよくてよ?」
「うう、遠慮します……」
『キス、したくなっちゃった……』
 テレビは、ちょうど変な歌が終わって、コマーシャルに入るところだった。

 この夏、お父さんの実家のある経観塚というところで出会った女の子、ノゾミちゃん。実はわたしの中に流れている「贄の血」というものを狙っていた鬼だったんだけど──。いろいろあって、今は、わたしと一緒に暮らしている。正確にはわたしが携帯電話に付けている、「お守り」と一緒に。以前の依代だった鏡を失ったノゾミちゃんは、新たなる依代として、このお守りを選んだ。その結果ノゾミちゃんは、ほとんどの時間をわたしと一緒に過ごすことになった。
 で、新しい暮らしは、平安時代(頃だと思う)生まれで、しかも長らく封印されていたノゾミちゃんにとっては、珍しいものだらけの毎日。あれは何、これは何、と質問責めの日々がしばらく続いた。小さい子を持った親ってこんな気分なのかなぁ。
 そんな中で、ノゾミちゃんのお気に入りになったのが、テレビ。まあ、たいていの子供はテレビ好きだと思うけど。
 中でも、最近お気に入りなのがこの月曜の夜中にやっている深夜アニメ。本物の子供と違って──というか、人間ですらないんだけど──昼夜問わないから大変だ。で、どうも主人公の女の子が吸血鬼──外国の、血を吸うお化け──だと説明してやったら、妙に親近感を覚えてしまったらしい。……いや、わたしも詳しいことは知らないんだけどね。テレビ雑誌に書いてあった紹介文を読んだだけだし。
 とにかく、そんなわけで。ここ数週間、火曜日は寝不足と戦う日々が続いていた。

「あははは、ドジね〜」
 画面の中では、主人公の男性が、天井から降ってきた金だらいに頭をぶつけていた。って、これ昔のコントのパロディだよね。あまり真剣には見ていなかったわたしだけど、ノゾミちゃんにつられてつい笑ってしまう。
「この子もドジね〜。やっぱり好きな相手には似てしまうものなのかしら」
 今度は、その男性の許嫁、という女の子が、何も無いところで転んでいた。こんなのの何が面白いんだか──。
「まるで、桂みたいね」
「ど、どこがっ!」
「何も無いところで転んだりするところが」
「うぅぅ、そんなあっさりと……」
 ええ、私は何も無いところで転んだりしますよ。安定感の無さは、確実にお母さん譲りだと思う。
「何となく声も似てるわね」
「偶然だよ〜。世の中には、そっくりな人が三人はいるって話もあることだし」
 そして、話は後半。吸血鬼の女の子が、その邪視を使って主人公を操る。赤く光る瞳。分かっているのにその瞳に吸いよせられるように女の子に近づく主人公。唇と唇がゆっくりと近づく。女の子の唇はとても艶かしく描かれていた。まるであの時のノゾミちゃんのようで──。
 って、なに見入ってるのよ、わたしってば。あわててテレビから目をそらし、ノゾミちゃんの方を向くと。
 身を乗り出して見入ってた。
(うわぁ、そんなあからさまに〜)
 その頬がわずかに赤らんでいるのは気のせいだろうか。
 ノゾミちゃんを見るのがなんだか恥ずかしくて、わたしは再びテレビに向き直る。テレビの画面の中では、女の子の唇が──主人公の首筋を捕らえていた。
(えっ……)
 ドキンとする。つい首筋を手で押さえてしまう。
(そうだ、この子吸血鬼だったんだっけ……)
 ちらっとノゾミちゃんを見ると、確かにその頬が赤くなっていた。
(なんか……色っぽいな……)
 テレビからノスタルジックなエンディングテーマが流れてくる。わたしとノゾミちゃんは、ほとんど同時に、「ふぅ」と息をついた。
「あら、桂も楽しんだみたいね」
「ち、違うのよっ。これは、その、あの……」
 不覚。ため息なんてつくんじゃなかった。ほら、あの意地悪そうな目でノゾミちゃんがわたしを見てる。
「……したくなっちゃった」
「へっ?」
 ノゾミちゃんは、座ったままずいっとわたしに一歩近づいた。なかば反射的に座ったまま一歩退くわたし。この関係は初めて出会ったころから──わたしを「贄の血の持ち主」としてしか認識していなかった頃から──変わってない。
 と、いつもなら更にわたしを追い詰めるように迫ってくるノゾミちゃんが、その動きを止めた。なにか考え事をしているようだ。
(ああ、どうか変なこと考えませんように)
 そんなわたしの期待も虚しく。ノゾミちゃんは何か思いついたらしく、再びわたしの側に近寄って、猫撫で声でこう言った。
「あら、そんなに怯えなくてもいいじゃない。……桂、お・ね・え・さ・ま」
 ズガン!
 後頭部を思いっきり殴られたような気がした。
「い、今のは……」
「あら、こういうのが好みなんだ。ふふっ。お姉さまったらぁ」
 わたしより低い視点から、甘えたような声を出すノゾミちゃん。だ、ダメよ、桂! こんな手にひっかかっちゃ! そうよ、相手はわたしの血を狙う鬼なんだから!
 ……で、でもかわいいかも……。こう、年相応っていう感じで。
 って、だから〜。そうじゃないのに。あっ、これがお凛さんの言ってた「萌え」って奴なのっ?
 そんなことを思っていると。いつのまにかノゾミちゃんはわたしの体にぴったりとくっついていた。そしてノゾミちゃんの綺麗な顔がわたしのすぐ目の前にある。両手はわたしの肩に。そのままノゾミちゃんの体重がかかってくる。どさっ。背中に畳の感触。わたしは床に押し倒された。
「し、したい、って何を」
「あんなに美味しそうに食事している場面を見せられたら、ねぇ」
 どうやら、ノゾミちゃんの鬼としての本性に火をつけてしまったらしい。駄目だ。あのアニメは教育上よろしくない。
「ノ、ノゾミちゃん、ほら、もう遅いから。夜食は体に良くないよ? 太るよ? 牛になるよ?」
「欲しいのよ、桂が」
 そう言うと、ノゾミちゃんはわたしの目をじっと覗き込んできた。
 ああ、この目は。
 だめだ。この目を見ちゃ。そう思うのに、体は動かない。四肢から力がゆっくりと抜けていく。
「ふふふふふ。さっきみたいな変な反応も面白いんだけど……。やっぱり、こう、素直な桂のほうがかわいいわ」
「ずるいよ、ノゾミちゃん……。わたしは、《力》使えないのに、ノゾミちゃんばっかり……」
 せめてもの抵抗。だけど、ノゾミちゃんはそんなわたしに向かって
「あら、私、《力》なんて使ってないわよ。あまり無駄遣いはできないんだから」
そう言った。じゃあ、どうして……。
 ノゾミちゃんが仰向けになったわたしのパジャマの前のボタンを、一つずつ外していく。なのに、私はそれを止めることができない。
(わたし……どうしちゃったんだろう)
「桂も、好きなんでしょう。こうされるのが」
(そんな、血を吸われて嬉しいわけが……)
 三つほどボタンを外したノゾミちゃんは、今度はは少しパジャマをはだけさせて、わたしの首筋を露わにした。
「綺麗よ、桂……」
 その表情がとても艶かしい。ドキンと心臓が跳ねる。そして、ノゾミちゃんの小さな手が、そっと頬に触れた。
(あれ、なんだろう……温かい)
 頬に触れたノゾミちゃんの手は、温かくて、柔らかくて。わたしの中にあった怯えを溶かし、ドキドキを鎮めてくれるようだった。だからわたしは、その小さな手を包み込むように、ノゾミちゃんの手の上に自分の手をそっと重ねた。
 予想外の行動だったのか、ノゾミちゃんの体が少し緊張するのがわかる。でもすぐに緊張は解け、そしてゆっくりとノゾミちゃんの顔が近づいてくる。ノゾミちゃんの吐息が感じられる。ノゾミちゃんの心臓の音が聞こえてくる。
 そして、ノゾミちゃんの柔らかな唇が。
 私の首筋に埋められた。

「痛っ」
 皮膚を貫かれる痛みで意識が覚醒した。痛みと共に、自分の血が流れだすのを感じる。
「あっ……」
 次に感じたのは、熱さ。首筋を、熱くて柔らかいものが這っている。
(ノゾミちゃんの……舌)
 温度を持った舌が、わたしの血を舐め取るのがわかった。そして、それを飲み干す喉の動きも。
 喉の動きに合わせるかのように、熱さは、胸に、腕に、脚へと広がっていく。
(変だな……前に吸われたときは、冷たくなっていく感じがしたんだけど)
 そういえば。
 ノゾミちゃんの手。温かかった。経観塚で襲われた時は、冷たくて、まったく生気のようなものを感じなかったのに。
「ノゾミちゃん……あったかい」
 私はわたしの上に覆い被さっているノゾミちゃんの細い体を、ギュッと抱きしめた。胴と胴が密着する。
「ちょっ、ちょっと、桂!?」
 ノゾミちゃんが驚いたように顔を上げる。
「えへへ……だって、ノゾミちゃん、あったかくて、ちっちゃくて、柔らかいんだもん」
 これで、抱きしめたくならない人がいるだろうか。いやいない。
「ば、ばか。何言ってるのよ」
 ノゾミちゃんは、再び私の首筋に顔を埋めた。でも、今度は噛みつきはせず、血の流れだす部分を強く吸ってきた。頬にノゾミちゃんのちょっと撥ねた髪がかかる。そして、体全体で、無防備に預けられる体重を感じていた。
 しばらくノゾミちゃんの体の重みを感じたあと、わたしはノゾミちゃんに尋ねた。
「ねえ、ノゾミちゃん」
「……何よ」
 ノゾミちゃんは、顔を上げずに答える。今どんな顔をしてるんだろう。でも、この位置からだと見ることはできない。ちょっと残念。
「ノゾミちゃん、なんであったかいの?」
「はぁ?」
「あ、ほら。経観塚で会った時は、とても冷たくて、まるで──」
「あなたの血のせいよ」
 ノゾミちゃんはわたしの台詞を途中で奪って、そう言った。
「わたしの?」
「あなたの血──贄の血──が、人ならざるものに《力》を与える、って事は分かってるわよね?」
 ノゾミちゃんはようやく顔を上げて、私に答えた。もういつもの傲岸不遜な表情に戻ってる。ちぇっ。
「私も贄の血を飲んで、《力》を得たわ。そして、より強い《力》は、こうして形作る現身を、より確かなものにするのよ。今の私は、昼間でも少しなら現身を保てるし、依代からある程度離れても平気だわ。そして、今の私には温かな血が流れている」
「うん……。わかるよ。ノゾミちゃんの鼓動が、はっきり伝わってくるもの」
「もともとの私の血は、もうはるか昔に、冷めきってしまったわ。でも、桂のおかげで、私はまた温かな血をこの身に通わせることができたの」
 うう、そんな風に言われると、なんだか照れくさい。
「それにね……。えっと……」
 それまで饒舌だったノゾミちゃんが、突然、口よどんだ。
「それに、なあに?」
 ノゾミちゃんは、頬を赤らめ、視線をかすかに逸らしながら言った。
「それに……桂には、贄の血だけでなく、温かいものをいっぱいもらってるから……」
 ドキン。
 また心臓が大きく跳ねる。さっきより大きく、でも、それが嫌な気分じゃない。
 顔を見られたく無いのか、またわたしの首筋に顔をうずめている。さっきの傷口に唇を当て、まだ少し流れている血を吸うのがわかった。温かな舌が、傷口を癒すように舐めるのも。
 ああ、どうしよう。今までにも、かわいいと思ったことは何度もあったけど。
 こんなにも誰かを愛しいと思ったのは、初めてかもしれない。
 しかも、その相手は、今、こうして私と抱き合っているのだ。体にかかる重み。柔らかな肌。鼓動。匂い。なによりその温もり。それらがわたしの理性を奪っていく。もう、我慢できそうにない。
「……したくなっちゃった」
 私は、ノゾミちゃんの両頬に手を添え、わたしの目の前にその小さな顔を持ち上げた。
「え、ちょ、ちょっと、桂!?」
 柔らかそうなその唇が、わたしの血で赤く濡れている。うん。あの血をもらおう。もともとわたしのだし。
「ノゾミちゃんの中の血は、私の血なんだよね。だったら、少し返してもらってもいいよね?」
「え?」
「言ったでしょ。キス……したくなっちゃった、って」

- fin -

あとがき


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