アイドルマスター SS
ニブンノイチ

「じゃあね。サヨナラなの! プロデューサー」

 アイドルアルティメイト決勝。
 私と美希はそこで、アイドルの頂点を目指して戦い──そして、勝ったのは私だった。
 いろいろあったけど、これでやっと元通りになれる。そう思うと、自然と私の足取りは軽くなっていった。
「プロデューサー、着替え終わりましたよ。さ、早く事務所に戻り──あれ? 美希は?」
「ああ、ついさっき、控え室に戻っていったよ」
「じゃ、少し待ちますか」
「いや、いったん961プロのほうに戻るんじゃないか? さよならって言ってたぞ」
「え……」
 その言葉を聞いて、いやな予感がした。いや、それはほとんど確信と言っていいと思う。
「あ、あの、プロデューサー、もう一回、美希はなんて……」
「ああ、『じゃあね、さよならなの』って。いつも通りの調子だったけど」
 ……忘れてた。この人は、基本的に、「超」が付くほど鈍いんだ。なまじ仕事が優秀だから忘れていた。
「美希!」
 私は荷物をそこに置き去りにしたまま、美希の控え室へと走った。
「美希!」
 ノックもせずに控え室のドアを開ける。案の定、そこには誰もいなかった。
 部屋に何か手がかりはないか探してみる。でも、ぱっと見て判るのは、脱ぎ散らかしてあるステージ衣装。おにぎりのストラップの付いた大きめのバッグとポーチ、それに携帯電話。
 何か、置き手紙でも、と思ったけど、そんな物はやっぱり無くて。
「おい、どうしたんだ、律子」
 遅れてプロデューサーがやってくる。
「いきなり駆け出したかと思ったら、美希の控え室なんかに来て」
「美希が……いなくなっちゃいました」
「いなくなった、って。帰っただけじゃ?」
「ポーチもケータイも投げ出したまま、どうやって帰るって言うんです!?」
 つい語気が荒くなってしまう。
「ポーチ……そうだ!」
 心の中で美希に謝ってから、美希のポーチを勝手に開けた。中には……あった、財布!
 お金を持っていないなら、きっと遠くへは行ってないだろう。
「プロデューサー! 私、美希を探しに行ってきます!」
 彼の返事も聞かず、私は控え室を飛び出した。

 休日の夕方、人でごった返した街並みの中で、人ひとりを探す。それが、こんなに大変だとは思っていなかった。
 歩いて行ける範囲なんてたかが知れている、そう思ってたんだけど。考えてみれば、待ち合わせをするときは、いつもケータイ頼りだった。
「あぁっ、もう。どこに行ったのよ!」
 気がつけば、日は暮れていて、街灯があたりを照らしていた。
「寒い……」
 季節はもう晩秋。日が落ちれば、あたりの気温は一気に下がっていく。美希はどこで何をしているんだろう。また薄手の服なんか着ているんじゃないかしら。風邪を引いたりしたら元も子もないってのに……。
「……バカね、私も」
 こんなに心配しても、美希には届かないって分かってるのに。美希は、いつもあの人だけを見ていて。私の気持ちなんかこれっぽっちも考えないで。
 そして、そんな、自分の気持ちをいつも真っ直ぐに現す美希に──私は、心惹かれていた。それなのに。
「どうして、こうなっちゃったんだろう……」
 美希と初めて会ったあの日。その輝きに、私は心を奪われた。単に見目がいいだけじゃない。なにかこう、見るものを惹きつけて止まない、まさに天性のアイドルだと思った。
 もともと、プロデューサー志望だった私が、美希を自分の手でプロデュースしてみたい、そう思うようになったのは当然かもしれない。だから、なるべく美希に近づきたくて、時には口うるさいことも言ったけど、それでも少しずつお互いのことが分かってきたと思った……そんな時に。
「どうして、好きになったのが私のプロデューサーだったのよ……」
 私は、予想に反してアイドルとしてデビューすることになり、新米プロデューサーが担当として付くことになった。美希は、そのプロデューサーに一目惚れをし、社長とのトラブルもあったせいで961プロに行くことになったんだ。
「他のプロデューサーなり、別の人を好きになったらよかったのに」
 そんなことを言っても意味のないことだとは分かってる。でも、言わずにはいられない。
「あー、ダメだな、私」
 気がつけば、私は港沿いの遊歩道を歩いていた。昼間はカップルや家族連れで賑わうこの通りも、いまはひっそりとした佇まいを見せている。
 何気なく、空を見上げる。都会の夜空では星は見えなくて。代わりに、半分欠けた月が、夜空を皓々と照らしていた。
「半月、か」
 半分の月の光は、どこか頼りなく、寂しく思えた。
 見上げていた視線を降ろす。すると、その先に、人影が見えた。
 遠くてよく分からないけど、月の光を浴びてうっすらと輝いている髪は、間違いようも無かった。
「美希!」
 私の叫び声に、人影がこちらを向く。まだ、顔はよく見えない。それでも、私は全力で彼女に向かって走り出した。
「美希! はあっ、はあっ、はあっ」
 荒れる呼吸を抑えて、顔を上げる。そこにいたのは、確かに美希だった。
 美希だったのだけれど。
「……ああ、律子、さん」
 その目からは、私が感じた、あの輝きが完全に失われていた。
「美希……」
「なあに? どうしたの? 律子、さん」
 寒気がしたのは、海から吹く冷たい風のせいだけじゃ無いと思う。
 それでも、私は、ありったけの気力を振り絞って、美希に話しかけた。
「美希、戻りましょう。このままじゃ風邪ひいちゃうわよ」
「戻るって、どこに……?」
「そりゃあもちろん」
「美希にはね、もう戻れる場所なんて無いの」
 私の言葉を無視して、美希はぽつりと言った。
「961社長には、クビだって言われちゃったし」
「な、なら765プロに戻ってくれば」
「だって、あそこには、律子と……プロデューサーがいるんだよ」
「大丈夫よ! 私だって、プロデューサーだって、美希が戻ってくるのは大歓迎だわ」
「美希がイヤなの! 律子とラブラブなプロデューサーなんて見たくないの!」
 ああ、この子は。
 本当に、彼のことしか見てなかったんだ。
 彼のことが好きで好きで、大好きで。
 いつだってまっすぐに、何も恐れるものの無いような、輝きにあふれた瞳で。
 彼を見つめていたんだ。
 だから。
 私の気持ちなんか知りもしないで。
「え……律子、なんで泣いてるの?」
「泣いてなんか……あ」
 頬を何かが伝い落ちる感触。同時に曇っていく視界。あれ、わたし、なんで──。
「なんで律子が泣くのよ」
 美希が、私のすぐ近くまで寄ってきた。あふれた涙がメガネを濡らしたせいで、その表情はよくわからない。
「ねえ、律子、泣きやんでよ。泣きたいのはこっちなんだよ」
 美希が私の肩をそっと掴んだ。肩にかかる美希の手の重さ、体温。メガネ無しでも見えるであろう近さ。そして、今、私だけを見つめている瞳。
 ──それらが、私の中の何かを壊した。
「ちょ、ちょっと、律子!?」
 自分でも意識しないうちに、私は、美希を思いっきり抱きしめていた。
「ね、ねえ、ほんとどうしたの?」
 美希の耳元に唇を近づけ、答える。プライドとか、恥ずかしさとか、もうどうでも良かった。
「だって、美希ってば、プロデューサーの事ばっかり見てて。私の方がずっと美希のこと、見てたのに!」
「りつこ……?」
「好きなの。あなたが好きなのよ! なのに、美希ってば、ちっとも気づいてくれないんだもん!」
 あーあ、終わったなぁ。
 頭の片隅で、そんなことを考える。涙は止まらなかったけれど、こうやって思いっきり泣くのもたまには悪くない。
 そうして、泣きながら美希を抱きしめて、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 耳元で、小さく声が聞こえた。
「ずっ、るいよ、律子」
「え?」
 私の耳元に聞こえたのは、確かに美希の声。でも、美希が何を言ったのか、一瞬、理解できなかった。
「なんで、今になってそんなこと、言うかな。ずるいよ。なんで、あの時、言ってくれなかったのぉ」
 涙声。私を抱きしめながら、美希が、泣いていた。
 あの時──そう。美希が961プロに移籍することを決めた時。
「だ、だって、あの時はまだ」
「律子がそう、言ってくれれば、美希は、プロデューサーの事で、あんなに、苦しまずに済んだって思うな!」
 美希が私を抱きしめる腕に力を入れる。私も、もっと強く、美希を抱きしめた。
 美希の体温。ずっと寒空の下にいたせいだろうか。少し冷たく感じる。
「美希の体、少し、冷えちゃったわね」
「律子が、来てくれなかったからなの。律子ばっかりあったかくてずるい」
「さっきから、ずるい、ずるい、ばっかりね」
「だって、ずるいんだもん。うぅっわぁぁぁぁぁぁんんんんんんんん!!」
 そうやって、私たちは。
 抱きしめあいながら、ずっと、涙を流し続けた。

 どん!
「げっ」
 何かが顔面にぶち当たった衝撃で、私は目を覚ました。
「なんなのよ、もう……」
 目を開けようとして……開かない。何かこう、目蓋が糊のようなもので貼り付けられているような感覚。
 とりあえず、顔の上にあるものをどけて、目をゴシゴシとこする。それでようやく目を開けることができた。
「うわぁ……」
 手にこびりついたのはひどい目ヤニ。そして、私の顔に当たったのは、美希の腕だった。
「あぁ、そういえば昨日は、あのまま、二人で事務所に戻ったんだっけ……」
 泣き疲れた私たちは、とりあえず事務所に戻って、そのまま仮眠室に。
 もっとも、仮眠室にはベッドは一つしか無い。かといって、お互い、家に帰る気にもなれずに。結局そのまま二人でベッドに入ったというわけだ。
 状況だけ見れば、なにやら色めいたことでもありそうに見えるかもしれないけど、実際には、二人とも疲れ切っていて、あっと言う間に眠りに落ちてしまった。
 で、美希はといえば。
 私の隣で、まだ呑気そうに眠りこけている。枕はどこかに退けられていて、布団からは手足がだらりと伸びている。控えめに言っても、あまりいい寝相じゃないと思う。
「ファンが見たら泣くわね……って、私もか」
 泣きはらしたあと、何もせずに眠ったんだ。きっといろいろとひどい事になっているに違いない。
「りつこぉ……」
 美希が小さな声でささやく。もう起きたのかしら。
「このおにぎりおっきいねぇ……もう食べられないの……」
 ……ギャグまんがの登場人物か、あんたは。
「ほら、美希、起きなさい」
「ん〜あと5分〜」
「だーめ、早くしないとみんな来ちゃうわよ」
「みんな?」
 そこで美希はようやく目を開いた。
「あ、おはようなの、律子。あれ、おにぎりは?」
「いつまでも寝ぼけてないで。とりあえず顔洗ってきなさい」
「うん……って、律子、ひどい顔なの!」
 今頃気づいたか。
「美希も同じようなものよ。だから、ね」
「う、うん」
「顔洗ったら、コンビニにでも朝ごはん、買いに行きましょ」
「あ、美希、おにぎりがいいの!」
「はいはい」
 まるで昨日のことが嘘のように明るい美希に、ちょっと拍子抜けたけど。
「律子ー、早くおにぎり買いに行こうよー!」
「ちょっと待ちなさいってば。あと、『律子さん』、よ」
「む〜、律子、さんってば、相変わらず固いんだから」
 コンビニで朝ごはんを買う。美希はもちろんおにぎり。私はサンドイッチを。
 ビニール袋を手に、事務所に上がろうとして、美希が立ち止まっていることに気がついた。
「どうしたの、美希」
「あのね。昨日のことなんだけどね」
 体がこわばる。
 そんな私に気づかないかのように、美希は言葉を続けた。
「律子と抱きしめあったとき、なんだか、すごく気持ちが軽くなったの」
「美希……」
「なんだか、美希と律子で一つに溶け合うかって思った」
「私も……すごく心が軽かったわ」
「でね、美希、わかったの! きっと、美希と律子、二人で一人なんだって」
 子供っぽい言葉。けれど、偽りの無い真っ直ぐな言葉。
「そうかも、しれないわね」
 半分ずつのふたり。やっと一人になれた。
 それが嬉しくて。私はまた涙を流していた。昨日、あれほど泣いたっていうのに。
「ダメだよ、律子、泣いちゃ」
「そうね。でも、嬉しくて」
 私の左手に、美希の指が絡まる。少し強く握ると、握り返してくる感覚。たったそれだけのことが、すごく幸せにかじられた。
「律子、一緒に、いこう。二人でずっと」
「……ええ!」

- Fin -

あとがき


 感想などありましたら、 掲示板 か メールでお願いします。
 また、下記のフォームでも送れます。
 お名前:
 E-Mail: ※必須ではありませんが、書いていただければ必ずお返事します。
 URL: ※Webサイトをお持ちでしたら教えてください。
 気に入った点があれば教えてください: 登場人物 ストーリー 文体 セリフ 設定 その他
 コメントがあればお書きください。厳しいご意見も大歓迎です。
  
 コメントをWebで公開したくない場合はチェックしてください

文月の本棚: ガンパレ シュガー 灰羽連盟 マリみて アカイイト・アオイシロ アイドルマスター その他 オリジナル
表紙 PC 小説 不定記 伝言板 Gift リンク about