シムーン SS
翼の子守歌

「ねえ、おかあさまー」
「なあに、ミリシアナ?」
 ロードレアモンは、娘の呼びかけに振り向きながら答えた。
「この写真のおかた、だあれ?」
 五歳になる娘は、両手で写真の入ったフォトフレームを抱えていた。写真には、ブラウンの短い髪の少女と、青い髪を後ろで束ねた少女が写っていた。それは自室に置いてあった物のはず。なぜミリシアナが持っているのか。
「まあ、ミリシアナ!勝手にお母様の部屋に入っちゃダメって言ってるでしょ!」
「ご、ごめんなさい……」
「いーい? 誰にでもね、人に見せたくないものや見られたくないことってのはあるの。それを勝手に見るようなことをしてはだめよ?」
「はーい」
 良い返事ね、と言いながら、ロードレアモンは娘の頭を撫でた。くすぐったそうにミリシアナは目を閉じる。
「それで、このおかたは?」
 ミリシアナは興味津々といった目つきで、再度ロードレアモンに訊ねた。こうなると、あとには引かないのがこの子だ。ロードレアモンは諦めたように軽くため息をつくと、写真を指さした。
「こっちがね、お母様の昔の写真」
「えー、おかあさま、わかいー」
「まだ十七のときですもの」
「ふぇー」
 ミリシアナは、何がよかったのか、満足そうに何度もうなずいていた。
「じゃあ、こちらのかたは?」
「その子はね、マミーナって言うの」
「マミーナ」
「ええ。シムーン・シヴュラだったときの仲間よ」
「しむーんしびゅら?」
「ええ──そうね。もうこの国にはシヴュラはいないなものね」
 あの戦争で、シムーンの技術は、嶺国と礁国に奪われ、宮国は、いまや泉とその周辺を統治する、自治区域に過ぎなかった。シムーンに乗り、空に祈りを捧げたシヴュラたちも、今はもういない。
「シムーンは、神の乗機。シムーン・シヴュラは空に祈りを捧げるもの。そして、マミーナは私の友達で──大好きだった人」

 コール・テンペストに新たに与えられた指令は、礁国の空中補給基地の索敵──あわよくば、撃破──というものだった。そのために、アーエルとユンを除くコール・テンペストのメンバーは、前線に配備されたメッシスへと、再び乗り込むこととなった。
 艦内には、緊張した空気が漂い、ここが前線であることを嫌でも思い知らされる。そんな中、着艦したコール・テンペストには、束の間の休息が与えられた。
「ふぅ……」
 コール・テンペストにあてがわれた部屋で、マミーナは軽く息を吸い込んだ。所狭しと並べられた硬いベッドは、アルクス・プリーマにいたころとは比べようも無い。それでも、マミーナはこの部屋が嫌いではなかった。それは、シヴュラになる前に、ずっと慣れ親しんできた空気だったから。
 他のみんなはもう食堂へと向かっている。マミーナは、一人きりの空間をもう少し満喫していたかった。
 だが、その時間は、入り口のドアが音を立てて開いたことによって破られることとなった。
「あら、ロードレ。どうしたの?」
 入ってきたのはロードレアモンだった。かつて、自分とは違う世界にいた女の子。そして、友達になりたかった女の子。それが今は、同じシヴュラとして、同じコールにいる。かつては自分でも不思議だと思ったが、もうすっかり慣れてしまった。
「マミーナが遅いから」
「そ? 行こ」
 ロードレアモンを追い抜くような形で扉を出る。と、ロードレアモンが、後ろからマミーナに声をかけた。
「マミーナ、髪が緩んでる」
「えーっ?」
 マミーナは結んだ後ろ髪に手を伸ばした。なるほど、たしかに少し緩んでいるようだ。
「わたしが直してあげる。まだ時間あるし」
「ん、じゃお願いしよっかな」
 ロードレアモンは嬉しそうに微笑んだ。

 ロードレアモンは、丁寧に、マミーナの髪を梳いていた。ゆっくりと動く櫛と指がマミーナに心地よかった。
 二人はしばらく無言でいたが、やがてロードレアモンが口を開いた。
「嶺国の空中基地には、もう、あの遺跡から逃げたシムーンがいるのかしら?」
「そうね……でも、大丈夫。あなたのパルのモリナスは、優秀なアウリーガよ」
「そうよね」
 ロードレアモンは明るい声で応えた。
「それでも、もし何かあったら、あたしが守ってあげる」
「うん!」
 ロードレアモンは、楽しそうにマミーナの髪を結んだ。結び終えて、最後にリボンを付けようとしたとき、今度はマミーナが口を開いた。
「でも、今回は偵察任務だし、戦わないで済めばそれに越したことは無いわよね」
「そうだよね。それが、一番いいわよね」
「うん」
 そう。戦わなくて済んだら、どんなにいいことだろう──。
「さ、完成だよ、マミーナ」
「ありがと、ロードレ」
 マミーナは、鏡を見たり、自分の手で触ったりして、出来を確かめた。うん、問題無さそうだ。
「じゃ、いこっか」
「うん。あ、マミーナ……あのね」
「なに? ロードレ」
「あ、あのね、お願いがあるの」
「お願い?」
 ロードレアモンは、少しためらっていたが、顔を上げて言った。
「この戦争が終わったらね。マミーナと一緒に、空を飛びたいなって」
「それは、パルになるってこと?」
「うん」
 マミーナは、少し考えると
「そうね。戦争が終われば、あのおっさんたちの言うことを聞かなくてもよくなるでしょうしね」
「じゃあ」
「でも、今は戦争してるから。約束は……できないわ」
「うん。それでもいいの。ただ、わたしの気持ちを知っていてほしかったから」
「ロードレ……。わかったわ。飛びましょう。あの空へ」
「ありがとう、マミーナ」
 ロードレアモンは、マミーナの頬に手を添えると、唇そっとマミーナの唇に近づけた。
 ついばむような、軽いキス。
 一瞬、マミーナは何をされたのか、分からなかった。
「ちょ、ちょっと、ロードレ! なにするのよ!」
「えへへ。一足お先に」
「もう……」
 邪気の無いロードレアモンの微笑みに、マミーナは苦笑するしかなかった。
「さ、行きましょ」
「うん!」

 そして、マミーナは帰って来なかった──。

「その人、死んじゃったの?」
「──ええ」
「かわいそう……」
 ミリシアナは、見ず知らずの人の死の話に、うっすらと涙を浮かべていた。優しい子に育ってくれた事を、ロードレアモンは少しだけ嬉しく思った。
「おかあさまも、泣いたの?」
「ええ、すごく、すごく泣いたわ。とても悲しかった。でも、私には仲間がいたの。シヴュラの仲間たちが。だから、マミーナの死を乗り越えていくことができた──」

 戦争が終わって半年が経ったころ。ロードレアモンは列車に乗って、マミーナの生家へと向かっていた。形見となってしまった遺髪を持って。
 あの時はシヴュラとしての自分を自覚することで、マミーナの死を乗り越えた。だが、もはや彼女はシヴュラではない。かつての仲間とも散り散りになり、ガラガラの一等車に座るのは彼女一人きりだった。
 あの時、マミーナの亡骸を運んだシミレは、結局帰って来なかったという。せめて、この髪だけでも彼女が生まれた土地に返してあげたい。それがロードレアモンの願いだった。
 列車が駅に着いたころには二つの太陽は高く登り、空は群青色に染まっていた。
「マミーナの髪の色みたい……」
 マミーナの生家のある村は、駅からさらに馬車で二時間という場所にあった。村について話を聞くと、村長らしき人が墓地までの案内をしてくれた。
「それでは、私はこれで……」
「ええ、ありがとうございます」
 村の外れにある墓地には、いくつもの石板が立てられていた。石には名前が彫られている。すぐそばを流れるせせらぎの音以外には何も聞こえない、静かな場所だった。
「マミーナのお墓は、奥の方って言ってたっけ……」
 ロードレアモンは、墓地の奥を目指してゆっくりと歩いた。もともと小さな村だ。墓地もそう広くはない。程なくして、ロードレアモンは目的の石版を見つけた。
「シヴュラ・マミーナ……」
 その石版には、そう彫られてあった。
「そっか、マミーナは、まだ──ずっと、シヴュラなんだね」
 ロードレアモンは、手にした鞄の中から、丁寧に包まれたマミーナの髪を取り出すと、そっと石版の前に置いた。
「今日はね、これを返しにきたの。ごめんね、ずっと持ったままで。わたしね、ううん、わたしたちね、泉に行ったんだよ。フロエとヴューラは男に、パライエッタ、カイム、アルティ、モリナス、それとわたしは女になったの。ユンはオナシアの跡を継いで泉の巫女に。アーエルとネヴィリルは……翠玉のリ・マージョンでどこかに行っちゃった」
 ロードレアモンは、一呼吸置くと、再び話し始めた。
「ごめんね、マミーナ。わたし……もう、空を飛べないの」
 最後の方の声がかすれた。
「一緒に飛ぼうね、って言ったのに。……ごめんね、ごめんね」
 声に涙が混じる。それでもロードレアモンは話し続けた。
「もうあなたに会えないのは悔しいけど、あなたと友達になれたのは……無駄じゃなかったんだよね? うっ。ぐすっ。わたしは……とても短い時間だったけど、すごく、幸せだったよ」
 もう、泣いているのか話しているのか、ロードレアモンは自分でもわからなくなっていた。
「ごめんね。今だけ……泣かせて」

「ふわぁぁぁぁ」
 母親の話を聞いていたミリシアナは、大きなあくびをした。
「あらあら。もうおねむの時間ね。さ、ベッドに行きましょ」
「はい……」
 ロードレアモンは娘の手を引いて、寝室へと向かった。
 ベッドに娘を寝かせて、上から布団をかける。明かりを消そうとしたとき、ミリシアナが声をかけた。
「ねえ、おかあさま、お歌、うたって……」
「クスッ、どうしたの、久し振りね」
「うん、なんだかね、おかあさまのお歌、聞きたいの……」
「いいわよ。さ、目を閉じて」
 ロードレアモンは、ゆっくりと息を吸うと、静かに歌い始めた。かつて親友に──彼女にとっての永遠の少女に──歌った歌を。

こだまする 光の渦 幸せを 伝える
滅びなき 世界の証 テンプスパティウムの巫女
明日目覚めるまで揺らす み母の加護 白き羽よ……

- fin -

あとがき


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