アカイイト SS
鬼切りの微笑み

 秋の柔らかな日射しが教室の中に降り注いでいる。
 ここは北斗学院付属高校。その日の授業が終わった教室の中では、教科書やノートを鞄に詰め帰り支度をしたり、友達とのおしゃべりに夢中になっている生徒たちが大勢いた。千羽烏月も、そんな風に帰り支度をしているうちの一人だった。
 そんな、何気ない日常を見知らぬ声が引き裂いた。
「千羽烏月さん!」

 教室は一瞬で静まり返り、生徒たちの視線は、教室の入り口に立っている声の主に注がれた。
 そこに立っているのは、どう見てもまだ小学生としか思えない女の子。なのに、なぜか北斗学院付属の制服を着ている。堂々としたその態度からは、ただの小学生とは思えない雰囲気を醸しだしていた。
「葛……様?」
 烏月は思わず口に出してそう呟いていた。
「ああ、いましたいました。烏月さん、ちょっと来てください」
 女の子は、ずかずかと教室の中に入ると、烏月の手首をがっしりとつかみ、そのまま教室の外へと連れ出した。
「ちょっ、ちょっと待ってください。いったい何が」
「いいから、来てください!」
 謎の闖入者は、まるで風のように教室から去っていってしまった。烏月を連れて。

「今の……何?」
 教室の中に取り残された生徒の一人が呟く。だが、当然ながらその問いには誰も答えられない。
「初等部の子が紛れ込んだのかな?」
「いや、初等部って制服違うでしょ。一年生とかで背の低い子とか」
「低すぎだって。あんな子、見た事ないよ〜」
「それよりさ、それよりさ! さっき、千羽さん、『葛様』って言ってたよ! ね、聞いたでしょ?」
「う、うん。そう言ってたと思う」
「あんな小さな子に『様』付けって、なんか訳アリっぽくない?」
「ひょっとして、実は高貴なお姫さまで、千羽さんは、その護衛だったりして?」
「きゃーっ、千羽さんのボディーガード、かっこいいー!」
「あたしも守られたいー!」
 あながち間違っていないのが恐ろしいところだが。烏月が去ったあとの教室の中は、そんなことはつゆとも知らない女生徒たちの黄色い声で、しばらく埋めつくされた。

「ど、どうしたんですか、突然」
「どうしたもこうしたもありませんよ」
 葛は裏庭へと烏月を引き連れていた。陽の傾いたこの時間、校舎の影になるこの場所は、普段からほとんど人気がない。密会にはもってこいの場所だ。
 なぜこんな場所を知っているのか、そもそもその制服はどうしたのかなどと訊きたいことはいろいろあったが、それより先に葛が口を開いた。
「烏月さん、千羽党の人たちはどうにかならないんですか?」
「えっ?」
「千羽党のお偉方ですよ。まったく、頭が固いんだから……」
「は、はぁ……」
「烏月さん、当代鬼切役でしょう。少しあの連中になんとか言えないんですか?」
 葛の剣幕に押されながらも、烏月は何があったのかと思考をめぐらせた。
 確かに、千羽党の上層部は古くからの因習で凝り固まっている人が多いのは事実だ。烏月は鬼切役の地位にいるとは言え、所詮は「現場」の人間。党内での政治的な力というのは極めて小さな物でしかなかった。
 それならばと、現場から少しずつ変えようとはしていたのだが……。
「申し訳ありません……今の私では」
「いえ、いーんですよ。単なるグチですから」
 そう言うと葛は、庭の隅にある植え込みを囲う煉瓦の上に腰を下ろした。
 烏月は何とも言えない顔になって葛を見た。すると何か、この小さな鬼切りの頭は、ただグチを言うためだけにこうして烏月の学校まで来たというのか。サイズの合う制服まで準備して。
「葛様……」
「すみません、こんなことに付き合わせちゃって」
 葛は少し疲れたような笑顔でそう言った。
 そんな葛を烏月はしばらく見ていたが、やがて、意を決したように、葛に手を差しのべながら言った。
「駅前の繁華街に行ってみませんか?」

「ここは?」
「クレープ屋ですよ」
 烏月の視線の先には、クレープ屋の黄色いのぼりと、そこに並ぶ女の子たちの列。
「葛様は甘い物はお嫌いですか?」
「いえ、別に嫌いでは」
「なら、一緒に食べませんか? クラスの子の話によると、ここのクレープは美味しいらしいですから」
 葛は、いぶかしげな目で烏月を見ていた。
「なんのつもりですか?」
「つもりとは……せっかく来てくださった葛様に、美味しい物を召し上がっていただきたい、と思うことはいけないことでしょうか?」
 もともと丁寧な口調の烏月だが、ことさら改まった口調でそう言った。
「いえ、そういうわけでは……」
 葛はまだ納得いかない様子だったが、そう言われてはむげに断ることもできない。結局、烏月と一緒にクレープを待つ列に並ぶことにした。
 やがて、烏月と葛の番が回ってきた。
「いらっしゃいませ」
 カウンターの中から、二十歳前後の女性が、愛想の良い笑顔で烏月たちを出迎えた。
「何になさいますか?」
 そう言われて、葛はカウンターに貼られたメニューに目を通す。そこには、様々な種類のクレープの名前が写真入りで書かれていた。
「クレープって、こんなに種類があるんですね……」
 左上から順に目を通していく。どれも美味しそうには見えるけど、これと言った決め手が見つからない。しばらく悩んでいると、烏月が助け船を出した。
「おすすめのメニューって、ありますか?」
 店員は笑顔で
「はい、生チョコバナナはいかがでしょうか。あとは、ストロベリークリームも人気ですね」
と答えた。すると、葛は、
「じゃあ、その生チョコバナナにします。烏月さんは?」
「私はストロベリークリームで」
「はい、かしこまりました。二点で650円になります」
 烏月がお金を渡すと、店員は「少々お待ちください」と言って、一度奥に引っ込む。そして、葛たちの目の前で、鮮やかな手つきでクレープを作っていく。
「ほほー、あんなふうに作られるんですか。知りませんでした」
 円形のプレートで生地を焼き、それを折り畳んで、生クリームを絞り出し、トッピングを添える。最後にそれを包むように丸めて、包み紙の中に入れる。。
 あっというまに、二つのクレープが烏月たちの前に差し出された。
「ありがとうございましたー」
 クレープを受け取って、その場を離れる。烏月は、包み紙を軽く広げると、ぱくりと、一口かじった。
「…………」
 葛を、それを物珍しそうに見つめていた。
「どうしました? 葛様」
「いえ、烏月さんがこういう……なんて言ったらいいんでしょうね。軽そうなものを食べているのが、ちょっと予想外で」
「桂さんに教えてもらったんですよ。経見塚で」
 葛の目が、少し大きく開かれる。
「美味しいですよ。葛様も食べてください」
「そうですね……では」
 葛は、ゆっくりとクレープを口に近づけた。甘い香りが漂ってくる。葛は、小さく口を開くと、そっとクレープを口に入れた。
「ん……」
 焼きたてのクレープ生地は、まだほんのり暖かい。柔らかな食感が心地よかった。
 歯で生地を噛むと、押し出されたクリームとチョコレート、そしてバナナのかけらが口の中に広がる。クリームとチョコレートの甘さは、生地の柔らかさと溶け合って、葛の口の中を満たした。それにバナナの香りが加わって、とても幸せな気分になる。
「どうですか?」
「はむ、はむ、んっ。美味しいですよー」
 葛は、笑顔でそう答える。
「よかった」
 烏月もその答えに満足したのか、再び自分のクレープを食べ始めた。
「クレープって、もっとドロドロした甘さなのかと思ってましたが、意外とスッと入ってくるものなんですねー。知りませんでした」
「ええ、私も食べる前はそう思っていましたよ」
 そのまま歩いていこうとした烏月の足が止まる。振り返れば、葛が少し後ろで立ち止まっていた。
「どうかされましたか? 葛様」
「どうして、こんなこと、してくれるんですか……?」
 烏月は少し考えると、
「葛様のことが好きだから、ではいけませんか?」
「えぇっ!?」
 葛は、何が起きたのかわからない、という顔をしている。「ええと、あの、それは、えっと……」と、口調もなんだかおぼつかない。
 そんな葛を見て、烏月は微笑みながら言葉を続けた。
「葛様は、私たち、鬼切部の上に立つ方ではありますが、それとは別の感情で、あなたを守りたいとも思ってるんですよ、私は」
「烏月さん……」
「前から思っていたのですが、葛様は頑張りすぎです。愚痴ならいくらでも聞きます。だから、私の前ぐらいでは気を抜いてください」
 葛は、少し間を置くと、
「だったら……その敬語はどうにかなりませんか?」
と言い返した。だが、烏月は
「これはもう癖みたいなものですから。気にしないでください。18年もこうやって暮らしていると、なかなか変えられないものなのですよ」
 年齢のことを言われると、10歳の葛には返しようが無かった。
「それに、あなたが傷つけば、桂さんが悲しみます」
 その言葉に、葛ははっと顔を上げた。今は遠く離れている、でも、大好きな人。
「そう……ですね。ありがとうございます」
 葛は、にっこりと微笑むと、
「それじゃ、早速甘えちゃいますね」
 言うや否や、葛は軽くジャンプして、烏月が右手に持っていたクレープにかじりついた。残っていたクレープの4分の1ぐらいが、葛の口の中に消えていく。
「もぐもぐ……。うん、こっちも美味しいです」
「つ、葛様!」
「まあまあ。子供のやることですから多めに見てください。私のも一口あげますから」
「まったく……しょうのない人ですね」
 烏月は苦笑しながらも、葛の差し出したクレープを、同じように──ただし、かなり控えめに──口に含んだ。

「おはよう」
 翌日、烏月がいつものように教室に入ると、ざわめいていた教室がぴたりと静かになった。
 周りの雰囲気に違和感を覚えつつも、烏月は自席に着く。と、一人の女生徒が恐る恐る、といった様子で尋ねてきた。
「あ、あの、千羽さん、昨日の子、誰なの?」
 烏月は、一瞬「しまった」という顔をしたが、すぐにそれを引っ込めると、にこりと微笑んでこう返した。
「友達ですよ。大切な」

- fin -

あとがき


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