ちっちゃな雪使いシュガー SS
First encounter

 まだ私が子供の頃の話。いいえ、もっと小さい頃の話ね。
 両親に連れてこられたピアノコンサート。
 まだ小さかった私は、そこから出てくる音に惹きこまれた。そして、その音を奏でている人に。
 きれい……。
 本当に、そう思った。

「お父様、ちょっとあたりを散歩してきますわ」
「ああ、いいとも。でも迷子になるんじゃないぞ」
「大丈夫ですわ」
 ミューレンブルグに引っ越してきたその日の午後。私は新しい街を知るために、散歩に出かけた。引越しは何度か経験してるから、わかることがある。
 子供には出番はない。
 私だって、お手伝いしたかったけど、重い荷物を運ぶのは子供じゃ無理で。だからといってずっと荷物が運び入れられるのを見ているのも退屈だったの。それより、新しい街を歩いた方がよっぽど楽しいと思う。
 ミューレンブルグは、歴史のある街だってお父様が言ってた。歩いてみるとそれが分かる。全体が城壁で囲まれていて、道路は石畳。建物も昔ながらの造り。でも、都会暮らしの長かった私の目にはそれがすごく新鮮に写った。
 家の前の通りをまっすぐ行くと、少し大きな通りにぶつかった。そこを右に曲がって、少し上り坂になった道を歩く。
「わぁ……」
 坂を登りきったところは広場になっていた。中央に噴水があり、その周りを取り囲むようにいくつも屋台のようなお店が建っていた。野菜、果物、服、おもちゃ。私の好きなワッフルも。あいにく、お昼ご飯を食べた後だったから、ワッフルはあきらめたけど、いろいろなお店を見て歩くのは退屈しのぎにはもってこい。
 しばらく見ているうちに、ここが知らない街だという事から来る緊張感はすっかり無くなっていた。だから、広場から他の道に出て、もっといろいろ調べよう、なんて思い、とりあえず目に付いた道を進んで──。
 気が付けば、全く見たことも無い場所にいた。

「ここは……どこなのかしら?」
 あたりを見回してみる。もちろん、見覚えの無い通り。見たことも無い家。見たことも無い店。見たことも無い人々。
 ミューレンブルグは古い町。だから、道は細くて曲がりくねっている。坂が多いせいで、立体交差になっているところまであるし。
 焦っちゃダメ。自分に言い聞かす。こういうとき、むやみやたらに動くとかえって状況は悪くなるんだから。
「そうね……まずは状況整理。ここまでどうやって来たのか思い出せば……」
 広場を出たところから思い出そうとする。
 ……思い出せなかった。
「あぁっ、もう、どうしましょう!」
 そのとき、なにかいい香りが鼻をくすぐった。
「くんくん……コーヒー?」
 香りのする方を向くと、そこには確かにコーヒー屋が。お父様はコーヒーが好きだけど、私は苦くて好きじゃない。香りはすごくいいのに。
 とりあえず、あのコーヒー屋で道を訊こう。そう思って、コーヒー屋のドアの前に立った、その時。
 向こう側から、ドアが開いた。
「それじゃ、お先に失礼しますえっ!?」
「きゃあっ!」
 なに、何が起きたの?
「あたたたた………………」
 自分がいま、地面に尻餅をついている。それはわかる。で、目の前には女の子が立っていた。
「ごめんなさい! 大丈夫?」
 この子がドアから飛び出してきて、私にぶつかったらしい。手を差し伸べてこっちを見ている。
「え、ええ。大丈夫ですわ」
 女の子の手を借りて立ち上がる。私と同じくらいの年の女の子。白と明るいブルーのシャツに、赤いミニスカート。茶色の髪には大きなボタンのような髪飾りをつけている。
「ごめんなさい。急いでたから」
 そう言うと、その子は慌てたように走り去っていった。
 しばらく、その子の走っていった方を眺めていると、その子は、少し先の店にまた勢いよく入っていった。なんなんだろう。
「おや、嬢ちゃん、なにか用かね?」
 いきなり、中から声を掛けられる。しまった、コーヒー屋の前でボーっと突っ立ってたら、ただのお間抜けさんですわ。
「い、いえ、何でもありませんわ。ホホホホ……」
 ドアを閉めて、その場を立ち去る。なんとなくその子が入っていった店が気になって、私はそちらに向かい歩きだした。

 店の中からは聴き慣れた音が聞こえてくる。耳に心地よい、澄んだ水のような音。
 ピアノ。
 どうやらここは楽器店みたい。そして、中で、さっきの子がピアノを弾いているのが見えた。
 綺麗……。
 本当に、そう、思った。
 ピアノの音はもちろん綺麗なんだけど、弾いているその子の姿がとっても綺麗だった。まるで、昔見たあの人のよう。そういえば、あの人が弾いていたのもこの曲だった。優しくて、そして透き通るようなメロディが流れてくる。
 ……あれ?
 しばらく聴いているうちに、何か違和感を感じた。なんだろう。私も多少ピアノは弾くから分かるけど、ピアノの腕はすごく上手いのよ。だけど、あの人とは何か違うような。そりゃ、別人なんだから違うかも知れないけど。よく似ているのに、何か──。
「どうしたの、そんなところで?」
「えっ、えぇっ?」
 突然、店のドアが開いて、男の人が声をかけてきた。眼鏡をかけた、20代前半くらいかな? やさしそうなお兄さん。
「さっきっからずっと店の前で立ってたからさ。何かほしい楽器があるの? 良かったら見ていってよ」
「あ、あの、いえ、そうではなくて……」
「じゃぁ、サガの友達? おーい、サガ?」
 サガというのがあの子の名前らしい。その子はピアノを引くのをやめて、こちらに向かって歩いてきた。
「なに? ポールさん? ……あっ! さっきの」
「お、おほほほほ。ごきげんよう……」

「へぇ、今日引っ越してきたんだ」
「ええ。それで歩いていたら、ピアノの音が聞こえたので、つい……」
「あはははは。なんか恥ずかしいな」
 楽器店を出て、私とサガさん──と呼ばれてた子──は、例の広場に向かって歩いていた。道に迷ったようだと言うと、親切にも彼女は案内してくれると言ったのだ。
「それに、大好きな曲でしたし」
「大好き? あの曲、知ってるの?」
「ええ。昔、イングリッド・ベルイマンというピアニストのコンサートに行ったことがあって。その時に聴きましたの。すごく印象に残ってますわ」
「そ、そうなんだ……。私も大好きなんだ、イングリッド・ベルイマン」
「まぁ! そうでしたの。道理でよく似てると思いましたわ」
「ほ、ほんと?」
「ええ」
 もちろん、見惚れてしまったなんて恥ずかしくて言えるわけがない。だから、つい、続けて余計なことを言ってしまった。
「でも、何か違うのよね……」
「何か、って?」
「え、え〜と。うまく言えないのですけど…………。そう、なにか、楽しさが感じられませんわ」
「楽しさって……」
「イングリッド・ベルイマンの演奏は、もっと楽しかったような気がするのよ」
 言葉にしてみて、違和感の原因がわかった気がした。だいたいは間違ってないと思う。
「な、なによ! あなたの思い違いじゃないの!?」
 えっ? なんでそんなにムキに……。なんて、ちょっと驚いたけど、そんな風に言われたら、こっちだってムキになるってもの。
「いいえ。そんなはずありませんわ。こう見えても、わたくし、物覚えはいいほうですのよ」
「そんなことないもん! あたしのほうがいっぱい聞いてるんだから!」
「いっぱい?」
「あ、と、とにかく! なら、今度あなたが弾いてみてよ!」
「いいわ。勝負よ!」
 ……って、なに言ってるんだろう。私は。ピアノの腕はこの子のほうがずっとうまいのは自分でもわかる。でも、なぜか、この勝負から逃げちゃいけない気がした。単に、戦わずに負けるのが嫌だったのもあるけれど。。
 そうこうしている間に、いつのまにか例の噴水の広場に着いていたので、私たちはそこで別れた。お互い喧嘩腰のまま。
 私が自己紹介していないことに気が付いたのは、家に帰ってしばらくしてからのことだった。

 次の日。私は新しい学校に行った。もう手続きは済んでいたので、私は担任になる先生と一緒に、新しい教室に向かった。
「はいはい。みんな静かにー。今日は、新しいお友達を紹介します」
 教室の中がさらにざわめいた。そりゃ、そんな言い方したら、かえってうるさくなるわよ……。
「じゃ、グレタさん、こちらへ」
 先生が手招きする。私はできるだけ優雅に、足を進める。第一印象は大事よね、やっぱり。
「ごきげんよう。はじめまして。グレタといい」
「あぁーっ!!」
 誰? 人の自己紹介を途中でさえぎるのは? そう思って、声のしたほうを見た。
「あぁーっ!!」
 ……しまった、つい大声を上げてしまった。せっかく優雅な印象を与えようと思ってたのに……って、そうじゃなくて! そこにいたのは。
「「昨日のー!」」
 二人の声がハモる。
 これが、私と、私の最高のライバル──サガさんとの、出会いだった。

- fin -

あとがき


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