アカイイト SS
硝子の迷宮(体験版)

「ねえねえ、これどこに置くんだっけ〜?」
「メニュー印刷できたよっ」
「え? まだ届いてないの? なにやってるかちょっと聞いて来て!」
 放課後の教室は、喧騒に包まれていた。というのも、学園祭の時期が近いのだ。
 学園祭の始まる土曜日まであと二日。どのクラスや部活も、自分たちの出し物の最後の詰めに取りかかるべく、大忙しだった。それは、羽藤桂のクラスでも例外ではない。
 桂のクラスの出し物は喫茶店。学園祭で喫茶店といえば、お化け屋敷と舞台劇に並ぶ定番中の定番だが、それだけに競争率も高く、それを勝ち取ったクラスメイトたちの士気は高かった。せっかくやるんだからいろいろ工夫を凝らそうよ、なんてアイデアが通ってしまうくらい。結果的にその「工夫」がいろいろと自分たちの首を絞めているのだが──まあ、それすらも楽しんでしまうのが女子高校生というものである。
「よっほーい。どう、お凛? 試作品、できた?」
「もうそろそろですわ」
 東郷凛は、家庭科室で、当日に出すケーキの試作品を作っていた。
 今回、クラスメイトが言いだした「工夫」の一つが、「本格的な喫茶をやりたい」ということ。紅茶は高級品を使い、それに合うケーキもちゃんとしたものを作ろう、ということになったのである。
 そこで白羽の矢が立ったのが凛だった。なにしろ、金持ちで海外旅行は当たり前、という家なので、紅茶やそれに関する知識も豊富だったのだ。凛自身も、そういった役を任せられたことが嫌ではなく、積極的に茶葉の選定からお菓子作りまで手を出していた。
「お凛って、普段からお菓子とかケーキとか作ったりするんだっけ?」
「たまに作ったりはしますけど。よろしければ今度食べにいらっしゃいます?」
「それはこれからできあがるやつの味次第だわねー」
 奈良陽子はといえば、今回は教室の装飾担当。今は一区切り付いたということで家庭科室に休憩にやって来たのだった。もちろん目当てはケーキと紅茶である。
「羽藤さんは? たしか、同じ装飾班でしたよね?」
「なんか、本番の衣装できたから、先にそっち合わせてから来るって」
「羽藤さん、フロア担当も兼任でしたっけ」
「そうそう。心配だなー。はとちゃん、ウェイトレスなんてできるのかな? 絶対、お茶とかひっくり返しそうなんだけど」
 そうこうしていると、ピピッ、とキッチンタイマーの鳴る音が響いた。
「お、できた? できた?」
「ええ。ちょっと待ってくださいね。今、型から取り出しますから」
 凛は、置いてあった型に入ったケーキを器用に取り出して、皿に乗せた。
「おお、なかなかうまくできてるっぽいじゃない」
「見た目はまずまず、と言ったところですわね」
 ゆっくりとケーキにナイフを入れ、いくつかに切り分ける。
「はい、どうぞ」
「ありがと……って、明らかにあたしの方が小さいんですけど?」
「気のせいですわ」
「……まあ、いいけどさ」
 一緒に渡されたフォークで一口分の大きさに切り取り、それを口に運ぶ。ふわっとした食感と、程よい甘さが陽子の口の中を満たした。
「どうです?」
「美味いわ、これ。いや、マジで。お凛、あんた、やる時はやるのねー」
 いつもの凛に対するトゲはどこへやら、陽子は素直な感想を口にした。
「当然ですわ」
「かー、たまに褒めたらその反応かいっ。少しは照れたりせんかい」
 その時、家庭科室の扉が勢いよく開いた。
「はあ、はあ、陽子ちゃん、お凛さん、お待たせ〜」
「お、はとちゃん、衣装どうだ──」
「羽藤さん。おつかれさ──」
 扉を開けた桂の姿をみた陽子と凛が絶句する。
 桂の着ていた衣装は、黒いワンピースのロングスカートに、フリルの付いた白いエプロン、それに頭に付けた同じくフリルの付いた白いキャップというものだった。──いわゆる、メイド服である。
「えへへ〜。どう? 似合う?」
 クラスメイトが言いだした「工夫」のもう一つが「衣装へのこだわり」だった。そして、いろいろ協議が重ねられた結果──桂のクラスの出し物は「メイド喫茶」になってしまったのである。
 とはいうものの、デザインされた衣装はクラシカルなメイド服だったため、フロア担当の生徒にはなかなか好評だった。それは桂も例外ではない。
「うん、はとちゃんかわいいよはとちゃん」
「ええ。とてもよくお似合いですわ」
 凛はそういうと、立ち上がって桂の前に進んだかと思うと、桂の手を取って言った。
「もしよろしければ、このままうちで働きませんこと? 羽藤さんならいつでもOKですわ」
「あーっ、こら、お凛、抜け駆け禁止!」
「はっ、わたくしとしたことが……。すみません、羽藤さんがあまりにかわいらしいものですから、つい」
「あははは……」
「ところで、ちょうど良かったですわ。先程、試食のケーキができあがったところですの。いかがです?」
「うん、食べる食べる」
「あ、せっかくだからはとちゃんにお茶、淹れてもらおうよ。一足お先に学園祭気分でさ」
「あ、うん。いいけど、今からお湯沸かしたりしたら時間かからない?」
「お茶なら、そちらのポットに入ってますわ。ですから、羽藤さんはそれをカップに注いでくれるだけで構いません」
 凛の指したポットというのは、柔らかい曲線を描いたステンレス製の、これもまたクラシカルなものだった。中にはなみなみとお茶が入っているらしく、ずっしりとしている。
「よっと、結構重いね……」
 桂は、陽子の前に置かれたカップに、お茶を注ごうとした。だが、ポットを傾けたとたん、バランスが崩れ、ポットから流れ出るお茶は、陽子のカップからはみ出た場所に注がれてしまった。
「きゃっ、陽子ちゃん、ごめんっ。大丈夫?」
「あたしは大丈夫だけど……。お凛、布巾か何かない?」
「はい、こちらに」
「あんがと。──はとちゃん、非力過ぎ。今日から毎日腕立て百回!」
「ひゃ、百回なんて無理だよぉ」
「冗談よ、じょーだん。でも、本番では気をつけないとダメよー」
「片手で注ごうとするからバランスが崩れるのですわ。右手は把手、左手を軽くポットに添えるようにすれば大丈夫ですわ」
「んっと、こうかな?」
 言われた通りにして、もう一度陽子のカップにお茶を注ぐ。今度はお茶は正確にカップの中に注がれた。
「ほんとだ、うまくいった」
「ありがと、はとちゃん」
 凛と自分の分も注いで、桂は空いている椅子に座った。
「はい、羽藤さんのケーキですわ。召し上がれ」
「あーっ、あたしのより大きい!」
 桂に渡されたケーキを見て、陽子が言った。
「気のせいですわ」
「おのれー。いっぺん、死んでみるかー」
「わ、このケーキ、美味しい〜。お凛さんがつくったんでしょ? これ」
「ええ。羽藤さんに褒めていただけて、わたくしも嬉しいですわ」
「こらー、人の話を聞けー!」

「ふぃ〜、疲れたよー」
 桂は学校から家への帰路をとぼとぼと歩いていた。もう日はほとんど暮れかけている。
「まったく、だらしないわね。少しはシャキッとしなさい」
 桂にだけしか聞こえないほどの声で、誰かがそう言った。
「そんなこと言ったって〜、飾りつけ作ったり、何度も服を着替えたり、大変だったんだから〜」
 桂も、小さな声でその声に答えた。
「大変だったのは桂だけじゃないでしょう?」
「でも、ノゾミちゃんは大変でもなんでもなかったよねー」
 少し拗ねたような口調で桂がつぶやく。
「私は学校の生徒でもなんでもないもの。ただ桂の持っている青珠の守りに憑いているだけに過ぎないわ」
 声の主はノゾミ。夏、桂が経観塚に行ったときに、いろいろあって桂の持っている青金石のお守りに憑くことになった、あやかしである。桂はお守りを携帯電話に付けいてることもあって、ほとんど一心同体といった感覚だ。
「だいたい、そこまで一生懸命になるものなの? その学園祭とやらは」
「そりゃそうだよ。クラスのみんなで何か一つのことをやるのって、楽しいよ。それでお客さんが一杯来てくれれば嬉しいし。かわいい服も着れるし」
「あんな服が今どきの流行りなわけ?」
「流行り、っていうか……。一部に好きな人はいるみたいだけど。でも、かわいいと思わない?」
「さあ、私にはよくわからないわ」
「できたらノゾミちゃんにも楽しんでほしいんだけどね」
「そうね……桂の血を吸わせてくれたら、昼間でも現身を作ることもできてよ? どう?」
「う、それはちょっと……」
「まあ、私は桂が楽しんでるのを見てるだけでも十分だわ。桂の顔ってコロコロ変わるから、一日中でも見飽きないんですもの」
「わたしってそんなに顔に出るかなぁ?」
「ええ。ほんと桂みたいに楽しい相手に出会えたのは幸いだったわ。陽子がおもちゃ扱いしたがるのもわかるわ。もし、あなたが一日中仏頂面な相手だったりしたら、とっくに逃げ出してるところよ」
「うぅ、褒められてるのかどうかわからないよ〜」
「いいじゃない。結果として、こうして、側で桂を守ることができるんだから」
「いつもすまないねえ」
「それは言わない約束でしょ」
「うわ、ノゾミちゃんがネタを返してきたよ……。ちょっとびっくり」
「あの、じだいげき、とか言うやつで何度もやってたじゃない。いい加減、覚えてしまうわよ」
「うんうん。やっぱり定番は外せないよね」
「言っておきますけどね、私は桂が好きだからというので仕方なく見てるのよ。そこのところ、忘れないでよね」
「はいはい」
 実際のところ、桂はノゾミが時代劇にかなり夢中になっていることを知っているのだが、そのことは黙っていた。もし言っても、またあれこれ言われてしまうに違いないのだから。
「なんだかやる気の無い返事ね」
「いえいえ、そんなことは」
「それより、はやく帰りましょう。最近、殺しやらいろいろ起きてるんでしょう? てれびのにゅーすで言ってたわよ」
「そうだよねー。まだ犯人見つかってないって言うし。しかも、どれも死亡推定時刻が夕方頃だって言ってたし」
「まったく、物騒なことよね」
「でも、いざとなったらノゾミちゃんいるから大丈夫だよね? これくらい暗くなれば、現身も作れるんでしょ?」
「ま、私にかかれば人間の一人や二人、操るなんて造作もないことだわ。でも、私より相手の方が早かったら意味がないのよ。だから、桂も気をつけなさい」
「うん、わかったよ……」
 桂は、少し早足になって家路を進んで行った。

 人影まばらな黄昏時。そこが彼女たちにとって数少ない心休まる時間だった。
 自分たちの目の前を学校帰りの生徒たちが歩いていく。それは彼女たちにとって日常の光景だった。
 だが、その日は違った。
「ねえ、琴里」
「なあに、遥子」
 琴里と呼ばれた女性は、風が揺らす前髪を少しうっとおしそうにかき上げながら答えた。
「あの女学生を見て」
「髪の毛を二本に結わえたあの娘? あの娘がどうかしたの?」
「あの娘のそばに、鬼──わたしたちと近しいものがいるわ。見える?」
 遥子が指さした場所にいるのは、宙に浮かんだ、裾の短い着物を着た少女。でも、その少女に気づいているのは、かたわらにいる髪を二本に結わえた少女だけのようだった。他の人はすぐ近くを通りすぎても、まるでその着物の少女がいないかのように過ぎ去っていく。
「ええ、着物を着た少女ね。見えるわ」
「しかも、女学生の方も鬼の事を分かっているようよ。少し──気にならない? 琴里」
「そうね。人と鬼が共に棲むなどという話は聞いたことが無いわ、遥子」
「少し、見てみましょうか」
「そうしましょう」
 もう彼女たちの姿も声もどこにも無かった。そして、それに誰も気づかなかった。

- to be continued -

この続きは、コミックマーケット70にて頒布予定の同人誌「硝子の迷宮」にて掲載します。


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