灰羽連盟 SS
レキの絵、グリの街、心の中の笑顔

 こんにちは。お久しぶりです。オールドホームのラッカです。
 冬が来ました。レキが巣立ってから、ちょうど1年ほど経ちました。春先に生まれた双子の新生子も、今ではすっかりオールドホームになじんで、子供たちの面倒を見ています。
 でも、今日はその事ではなくて。
 ちょっと前に起きた、小さな事件の事を話したいと思います。

 オールドホームのゲストルームで。わたしは煎れたてのコーヒーを、お客様に差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
 お客様は、灰羽連盟から派遣されてきたおじさん。50歳ぐらいの、小柄で気の弱そうな人だ。年に1回か2回、こうして灰羽の巣を訪ねて、様子をうかがっているそうだ。
 しばらく最近の様子とか、欲しい備品の話とかをして一段落ついたところで、そのおじさんは突然違う話を始めた。
「いい絵ですね」
「はい?」
 唐突だったので、つい間抜けな返事になってしまった。だけど、おじさんはそれに気づかなかったのか、話を続けた。
「壁に掛けてある絵ですよ。みんなこの街の風景ですよね。技術的なことはよく分からないけど、私達の住んでいる街は、こんなにも美しかったんだなぁ、と思いますよ。毎日目にしているのに、どうして気づかないんでしょうね」
「そうですね。わたしも、この絵は大好きです」
「これを描いた人は?」
「レキ、という灰羽です。1年ほど前に巣立っていきましたけど」
「そうですか。残念だな……。おっと、失礼。祝福されて巣立った灰羽に、『残念』は良くないですね」
「いえ、やっぱり残念ですよ」
 その声は、ゲストルームの入り口から届いた。
「あ、ネム、おかえり」
「ただいま。ラッカ、この方は?」
「連盟の調査員のひとだって」
「あ、そういえば今日来るって言ってたっけ。よろしくお願いしますね。ちゃんと、このオールドホームの窮状を伝えてもらわないと」
「ははは、努力はしますよ」
 よほどの事でないと連盟は動いてくれない。その事をわたし達もおじさんも分かってるから、どうしても乾いた返事しかできなくなるけど、それはおじさんのせいじゃない。
 実際、オールドホームは確かに古臭い──カナに言わせると「ボロい」──し、それはわたしが生まれた頃と、ほとんど変わっていなかった。
「あなたたちでも残念に思うんですね」
「残念というか……レキったら、こんな絵を描いてること、こっちにいるときは一言も言ってくれなかったんですよ。絵を描いてるのは知ってたけど、見たのはレキが巣立ってからなんです。だから……」
「そうですか……。でも、その、レキさんという人は、優しい人だったんでしょうね」
「はい! とっても」
「もう、ラッカったら……」
 つい横から返事をしてしまう。でも、こうやってレキの事良く言われて、すごく嬉しかったから。
「はははは、そうですか」
「まったく……。でも、良き灰羽でしたよ、レキは。だからこそ、祝福が訪れたんです」
 そう言って、ネムはゲストルームのベランダに続く窓越しに空を見上げた。空は雲に覆われていて、もうすっかり冬支度が済んだ、という感じだ。
「それじゃぁ、そろそろ失礼しますよ」
「あ、もうお帰りですか」
「ええ、おいしいコーヒーをありがとうございました」
「連盟への報告、よろしくお願いしますね」
「はい、わかってますよ。それでは」

 それから2週間ほどしたある日。
 わたしが仕事を終えて、オールドホームに帰って来たとき、珍しくオールドホームから出て行く人に出会った。
「おや、こんにちは。この間はどうも」
「あ、どうも。また調査ですか?」
 出会ったのは、この間調査に来ていたおじさんと、もう一人、見知らぬおじさんだった。年は同じくらいかな。だけど、背は随分と高い。
「いえ、今日は別の用事でね。話が終わったんで、今帰るところですよ」
「そうですか。お疲れさまです」
 そんなふうに挨拶をして、その人たちは街へと歩いていった。
「何だったんだろう。話って言ってたけど」
 考えていても埒があかない。とりあえず、わたしはいつものとおりゲストルームに向かった。
「ただいまー。外は寒いねー」
「あぁ、ラッカ、お帰り」
 ゲストルームにいたのは、ネムとヒカリとカナ。いつものメンバーだ。
「ちょうど良かったわ。話したいことがあるんだけど……」
「なに?」
 見ると、ネムもヒカリもカナも、何か浮かない顔をしていた。良くないことでもあったのかしら。
「さっきね、美術館の館長、って人が来てたの」
 話を続けたのはヒカリ。
「美術館?」
 そんなのあったかな?
「ネムの図書館から見て、時計塔を挟んで反対の方にあるんだってさ。私も知らなかったけどね」
 そう言ったのはカナ。
 時計塔の反対側、というと、街の西側。確かに、わたしもあっちの方はあまり行ったことが無い。
「それで、その美術館の館長さんが何のお話?」
「……この間、調査に来てたおじさんが、レキの絵を見てたの、おぼえてる?」
「うん。いい絵だって、ほめてたよね」
 レキが描いた、たくさんの、グリの街の風景。とても明るくて、優しい、まるでレキ自身のような絵だと思う。
「その絵のことを聞いた美術館の館長さんが興味を持ってね、見に来たのよ」
「そしたら、館長さんも気に入ったらしくてね……」
「……この絵を、売ってほしいんだって」

えっ?

「……どういう、こと?」
「言った通り。私は悪い話じゃないと思うんだけどね」

 何言ってるの、カナ?

「確かにね。それでこのオールドホームの状況が少しでも良くなるんなら……」
「……だって、灰羽は、お金を受け取れないんでしょ?」
「うん。だからね、連盟経由で買い取って、そのお金をオールドホームの維持修繕費にあてたらどうか、だってさ。さすが連盟関係者だけあって、よく思いつくわよね」

 どうしてそんなこと言うの、ネム?

「全部ってのはちょっとあれだけど、少しなら……」

 なんで……。

「ダメぇっ!!」
「ラッカ?」
「ダメっ!! 売るなんて、絶対嫌っ!! 嫌ぁっ!!」
 いつのまにかわたしは、子供のように泣き叫んでいた。
「ちょっと、落ち着いてよ、ラッカ」
 どうして落ち着いてなんていられるの? だって、ここにある絵は、レキが残してくれた物なんだよ? それを売るなんて。
「みんなはもうレキのこと忘れちゃったの? レキはずっと、ここにいるんだよ!! それを……」
「だから、まだ決まったわけじゃないのよ、ただそう言う話が……」
「絶対、嫌だからっ!! レキは、ずっとわたし達と一緒なんだから!!」
 わたしはそれ以上何も話したくなくて、ゲストルームを飛び出した。
 階段を駆け上がり、自分の部屋のドアを勢いよく開けると、その勢いのままベッドに飛び乗る。ギシっとベッドのきしむ音がした。
「はぁ……はぁ……」
 全力で走ったので、息が荒い。わたしは、枕を手に取り、顔にこすりつけた。涙が吸い込まれていく。それでも涙がつきることは無かった。
「どうして……どうして……」
 何もする気になれなくて。わたしはとりあえず、このまま涙が止まるのを待とうと思った。

 気がつくと、わたしは、グリの街を歩いていた。昼なのか夜なのか、よく分からない。だいたい、街の中心部にいるはずなのに誰とも出会わない。
「それに……なにか、違う気がする。なんだろう……」
 しばらく歩いているうちに、その答えが分かった。街が、止まってるんだ。街の中心にある広場の噴水。その水が、空中で止まっていた。まるで絵の中の噴水のように。
「なんだろう……どこかで見たことある気がするんだけど」
 グリの街だから、とかいうのではなく、もっとはっきりと、これと同じ風景を見たことある気がするのだけど。  と、不意に、誰かに後ろから名前を呼ばれた。
「ラッカ」
 振り向くと、そこには。
 レキが、いた。
「…………………」
 どうしてレキが。レキは巣立ったはずなのに。
「久しぶりだね、ラッカ」
「れ、レキっ!!」
 でもそんなことはどうでも良かった。今ここにレキがいる。わたしは何の迷いもなく、レキを抱きしめていた。レキの体の温かさが伝わってくる。
「レキ、レキぃ……」
 涙がこぼれるのを抑えられない。
「泣かないで、ラッカ」
 レキの優しい声が心に染み込んでいく。ずっと。ずっと、会いたかった。
 わたしが泣き止むまで、レキはそっと私を抱きしめていてくれた。やがて私が落ち着いたのを見計らって、レキが話し始めた。
「本当に、久しぶりだね」
「うん」
「どう? ほかのみんなは元気?」
「うん。みんな仲良くやってるよ。新しい子も生まれたし」
「そうか。ラッカがお姉さんか。ちょっと見てみたかったな」
 そう言って、レキはタバコに火をつけた。懐かしい香りが紫煙と共に漂ってくる。
「他には、何か変わったことはあった?」
「えっと……」
 わたしは一瞬ためらったけど、それでも話を続けた。
「レキが描いた絵、あるでしょ?」
「絵? ああ、うん」
「あれね、今、オールドホームのゲストルームに飾ってあるんだ」
「へぇ。あんな絵を飾ったりして。合わなくない?」
「ううん! すごくいい絵だって、美術館の人も言ってたんだよ。でもね……その美術館の人が、レキの絵を買いたい、って……」
「おやおや。物好きな人もいるもんだ」
 レキは自分の絵のことなのに、まるで人ごとのように言って、軽く笑った。
「なんで!? わたしは嫌っ。レキが描いた絵だもん。レキとの大切な思い出なのにっ」
 激昂したわたしを見て、レキは少し口をつぐんだ。
「……ラッカの中の私はさ、あの絵が無いと消えちゃうようなものなの?」
「えっ……」
「ひどいなぁ。私はラッカの物なんて何も持ってないけど、こうしてラッカのことを思い出せるのに。あの絵は確かに私が描いたものだし、私の一部かもしれないけど、私じゃないんだ」
「うん……」
 それは、分かってる、つもり、だけど……。
「それにね。描いてるときはそんなこと全然思わなかったんだけど。あの絵は、私があそこにいた証拠、の一部なんだ。私はあそこで暮らし、いろんなことを考えて、いろんなことをして、いろんな人と出会えた。その事を誰かに知ってもらうのって……正直に言って、すごく、嬉しい」
「レキ……」
「もし誰かが私の絵を見て、何か感じてくれたら、やっぱり嬉しいよ。あ、でもどうするかはラッカたちが、自分で考えるんだよ。私はもういないんだから、とやかく言える筋合いじゃないからね」
 そう言ってまたレキは軽く笑った。その笑顔は昔と同じ、優しく、わたしの心を暖かくしてくれるような気がした。
「さて、と」
 うーん、と伸びをしながらレキは立ち上がった。
「そろそろ行かなきゃ」
「え、行くってどこに?」
「あんまり長居すると怒られるんだ。ごめんね。もう少しゆっくり話したかったけど……」
 突然、レキの姿が不確かなものに感じられた。
 わたしから離れるように歩きだすレキ。その姿に、わたしは気づいた。
 光輪が、無かった。そして、背中の羽も。
「ラッカ、精一杯生きて。私みたいに後悔しないように」
 レキの体が透けていく。
「待って、レキ!」
「大丈夫。またきっと、どこかで会えるよ。……じゃあね」
 レキの体が光に包まれる。
 そして、光は粒になってそのままゆっくりと消えていった。
「レキぃーーーーーーっ!!」

「レキぃーーーーーーっ!!」
 自分の叫び声で目が覚めた。思わずベッドに寝ていた体を起こす。
「え、あれ、ここは……」
 そこは、よく見知った、オールドホームの自分の部屋だった。目が覚めた、ということは、いつのまにか眠っていたらしい。
「夢……だったの?」
 レキの夢。レキが巣立ってから一度も見たことは無かったのに。どうして……。
 そもそも本当に夢だったのだろうか。レキの話した言葉をすごくよくおぼえている。それに、レキを抱きしめたときの温かさ、柔らかさも。そして、わたしは夢と同じように涙を流していた。
 首を回して窓を見ると、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
 しかたなく、ベッドを抜け出して着替えを始める。顔を洗って、髪の毛と羽に丁寧にブラシをかけて。それからいつものとおりゲストルームに行った。
「おはよう」
「おはよう、ラッカ」
「今起こしに行こうかと思ってたんだ」
 ゲストルームではヒカリとカナが朝御飯の準備をしていた。ネムはあいかわらずまだ寝てるらしい。
「どうしたー、ラッカ。朝から元気がないなぁ」
 カナがわたしに近づいて、手で髪の毛をぐしゃぐしゃにした。せっかくブラシかけたのに。……かけたところであまり意味がないのは分かってるんだけど。
「そ、そんなこと……」
「分かるって。ラッカは顔に出やすいんだから」
「そ、そうなの?」
「はいはい。もう朝御飯できるから座って座って。カナ、ネムを起こしてきてくれる?」
「オッケー。この新しく作った目覚まし時計で……」
「また止まらないのはやめてよね」
「大丈夫大丈夫」
 カナは置いてあった目覚まし時計(らしいもの)をつかむと、ダッシュでゲストルームを出ていった。
 カナが離れたので、顔を上げると、ゲストルームにはいつものように絵が飾ってあった。その中の一枚を見て、私ははっとした。
「この絵……」
「ん? 絵がどうしたの、ラッカ?」
「この絵の風景、夢の中で、見た」
「夢の中?」
 そう。その噴水の絵は、私が夢の中で見たものとまったく同じだった。水の飛沫の一滴一滴まで、まったく同じだ。
「夢の中って、ラッカも……」
 ヒカリが何か言いかけたとき、廊下から「わぁっ」というカナの叫び声が聞こえて。そしてすぐに出て行ったときと同じ勢いでカナが戻ってきた。
「ネムが起きてるっ!」
「嘘っ?」
「嘘じゃないわよ……。人のこと、なんだと思ってるのよ」
 ゲストルームの入り口にネムがいた。普段以上に眠そうだけど、それでもちゃんと起きている。ネムには悪いけど、こんな時間に起きているのは、わたしも珍しいと思う。
「あら? どうしたの、ラッカ。目、赤いわよ」
「え、そ、そう?」
「……昨日の件?」
「え、えっとね……違うというか……違わないというか……。夢の中でね、レキに会ったの」
 わたしがそう言ったとき。全員の顔が驚きに変わった。
「……ラッカも?」
「って、ヒカリも? ネムは……」
「私も見たわ。レキの夢」
 全員が、レキの夢を見ていたなんて。夢の内容はみんな違っていたけど、レキが昔と変わらないままだった、というのはみんな同じだった。
「もしかして、レキは本当に……」
「でも、巣立った灰羽が戻ってくることは無いって……」
「うん。戻ってくることはないよ」
「ラッカ……」
「壁の中に何度も入ってるから分かるの。あの壁を越えることは、きっとできない。でもね、壁は、本当に大事なときに、巣立っていった人のことを、思い出させてくれるの」
 壁の中で聞こえたクウの声。それは、きっとわたしがその声を聞きたかったから。
「でも、ここは壁からはだいぶ離れてるわよ」
「うん。だから本当の事は分からないけど……」
 しばらくみんなで黙り込む。
 やがて、最初に口を開いたのはネムだった。
「レキって、ああ見えてお節介で心配性だからね。私たちの事が心配で、ちょっと見に来たんじゃない?」
 笑いながらそう言うネムの言葉は、不思議と納得ができた。それでいいと思う。それに、レキは、「また会える」って言ってくれた。だから、きっと、また会えるはず。それがこのグリの街でなのかどうかは分からないけど。
「それで、あの絵の事なんだけど」
 ネムが話を戻す。
「うん……。わたしは……」
「あのね、その事でいい考えがあるの」
 わたしの言葉をさえぎって、ヒカリが言った。
「なんだよ、いい考えって」
「展覧会を開くの」
「展覧会?」

 こうして、グリの街の美術館で、レキの絵の展覧会が行われました。
「グリの街、 灰羽の庭で」と名付けられた展覧会には、たくさんの人が来てくれました。わたしもすこしお手伝いをしたんだけど、何人もの人から、良かった、といった言葉を聞きました。
 美術館の館長さんは、絵を買えなかったことに最初残念がってたけど、いざ展覧会のことが決まると、展示の仕方とか、いろいろアドバイスをくれました。何より、たくさんのお客さんが入ったのが嬉しかったみたいです。
 わたしも最近、絵を描き始めました。美術館では、絵画教室も開いているんです。それに参加しています。
 絵はただ見たものを写すんじゃなくて、心に写ったものを描くことだ、と館長さんは言っていました。そんな絵を書くためにも、今は勉強と練習の毎日です。
 いつか、わたしの心の中で優しく笑っている、レキを描くために。

- fin -

あとがき


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