アオイシロ SS
桜井綾代の陰謀

 わたしの名前は桜井綾代。青城女学院剣道部所属の一年生です。
 部活の練習が終わった夕方。普段なら、まっすぐ家に帰るところなのだけれど、わたしは道場のほうへと向かっていました。というのも、生徒手帳をどこかに落としてしまったようなのです。
 落とす可能性が高いのは、着替えたとき。そう考えたわたしは、地面をよく見ながら、道場へ向かう道を歩いていきました。
 道場の更衣室に入ったわたしは、電気をつけて、自分が着替えをしたあたりをよく見回してみます。案の定、床に生徒手帳が落ちていました。
 生徒手帳を拾って、さあ帰ろうとしたとき。道場のほうから、掛け声が聞こえてきました。
 更衣室と道場は扉一枚で隔てられているだけです。練習のときなどはにぎやかなこともあって、音が聞こえるようなことはないのですが、誰もいないはずの道場からは、驚くほど鮮明な声が聞こえてきます。
「誰かいるのかしら?」
 わたしは、そっと扉をあけて、道場の様子を伺いました。
 すると、そこには、袴と胴着姿で、掛け声を上げながら素振りを繰り返す人の姿がありました。道場の中は薄暗くてよく見えないけど、あれは……
「誰!」
 その人が誰かを確認する間もなく、その人は振り向きざま誰何してきました。
「あ、あの、桜井綾代ですけど……」
「なんだ、綾代か」
 振り向いたその人は、小山内梢子さん。剣道部の、同じ一年生です。現在、一年生の中では実力ナンバーワン。来年のエース、と先輩方からも評されています。
「どうしたの、こんな時間に」
「わたしは、落し物を拾いに来ただけです。梢子さんこそ、何をされてるんですか?」
「んー、ちょっとね……」
 梢子さんは珍しく言葉を濁しました。
「そんなとこにつっ立ってないで、入ってきたら?」
「あ、そうですわね」
 梢子さんの勧めに従い、わたしは靴を脱いで道場へ上がりました。梢子さんが竹刀を床に置き、腰を下ろしたので、わたしもその隣に座ります。板貼りの床は冷やりとしていました。
「それで、どうして一人でこんな時間まで?」
「ん……ちょっとね……」
 梢子さんの歯切れが悪い。ちょっと珍しいです。
「対校戦のことですか?」
 対校戦というのは、もうすぐ行われる、この地区の高校の剣道部同士が戦う大会です。歴史も長く、近い時期に他の大会も無いため、剣道部の中では大きなイベント。一年生から一人、二年生から二人、三年生から二人が出場するのですが、その一年生の選手に梢子さんが選ばれたのです。
「まあ、そんな感じ。私なんかで良かったのかなあ、って」
「あら、誰も異論はないと思いますけど?」
 一年生の中では、梢子さんが一番強いのは、部員全員が知っていることですから。
「でもね……最近、調子悪いのよ」
「あ、それでこんな時間まで……」
「うん。でも、何本剣を振るっても、不安なのよ……。もし負けたらどうしよう、って」
「大丈夫ですよ、梢子さんなら」
「何の根拠があって!」
 梢子さんが、突然語気を荒らげました。梢子さんの不安は、想像以上に大きいみたいです。こんな梢子さんを見るのは初めてでした。
「梢子さんはわたしより強いじゃないですか」
「綾代に言われても説得力無いわよ。練習での結果、五分五分じゃない」
 確かに梢子さんの言う通りなんですが。わたしの場合、昔から、試合で勝てないんですよ……。
「そうだ、綾代、一本つきあって」
「え?」
「模擬戦。ここしばらく綾代とはやってなかったしね」
「……わかりました」
 わたしは更衣室に戻ると、胴着に着替えて、ロッカーから竹刀を取り出しました。胴当てを付けて、面を被ると、気が引き締まります。
 道場に戻ると、すでに梢子さんも面を付けて、わたしを待っていました。
「いくよ、綾代」
「はい」
 初めの合図はありません。わたしも梢子さんも、竹刀を中段に構えました。いつもより遠い間合いからの初め。わたしは、ゆっくりと摺り足で間合いを詰めていきます。
 あと少しで、打ち込める間合い──その時、梢子さんの足が動きました。
 梢子さんの竹刀は、疾風のようにわたしに襲いかかってきます。
「メェーーーーンッ!!」
(速い! でも……)
 わたしは足を開いて、ほんの少し、体をずらしました。そして、竹刀で梢子さんの一撃を受けます。
 バシィッ!
 激しい音が道場に響きわたります。梢子さんの一撃はとても重く、一瞬、竹刀を持つ手にしびれが走りました。
 梢子さんは、防がれたとわかると、一度竹刀を引き、次の一撃を放ってきました。次は……右から、小手!
 わたしは竹刀を少し下げ、それを受けます。次に来るのは、斜め上から、面。すぐさま竹刀を引き上げ、それを防ぎます。
 梢子さんの連撃を受け止めた──今です!
 梢子さんが竹刀を引くタイミングに合わせて、わたしは小手を狙いに行きます。梢子さんはとっさに防御の姿勢に入りました。
 バシッ!
 わたしの一撃は、梢子さんの竹刀で受け止められてしまいました。ですが、梢子さんのバランスは今ので完全に崩れました。面が──がら空きです。
「ヤーッ!」
 気合とともに竹刀を打ち込むと、その一撃は、梢子さんの面を捉えていました。

「はぁー……」
 梢子さんは面を脱ぐと、大きなため息をつきました。
「やっぱり、ダメだよ、私……」
「いいえ、梢子さんは強いですわ。わたしより、ずっと速かったですし」
「でも、負けたのは私よ」
 それはまあそうなんですけど。
「梢子さんは、すこし力が入りすぎですわ。だから、どうしても剣捌きが直線的になって、相手に見切られてしまうんですよ。対校戦のことは少し忘れて、リラックスしたほうがよろしいですよ」
「でも、どうやったら……」
「そうですね……ちょっと、そこに座ってくださいます? 楽な姿勢でいいですから」
「う、うん……」
 梢子さんは、体育座りのような格好で、その場に座り込みました。わたしは、その梢子さんの後ろに回ります。
「それじゃあ、上体を、ゆっくり後ろに倒していただけますか?」
「ん、こう?」
 ゆっくりと、梢子さんの頭が床に近づいていきます。わたしは、少し自分の位置をずらしました。
 とん。
 梢子さんの頭が、わたしの太腿に乗りました。
「って、綾代! なによこれ!」
「膝枕、ですわ」
 わたしの脚の上で、梢子さんは驚いた顔をしています。
「落ち着くんですよ、これ」
「だ、だからって……」
 起き上がろうとする梢子さんの肩を両手で押さえて、それを防ぎます。
「は、恥ずかしいわよ、こんなの……」
 梢子さんは、顔を真っ赤にして、小さな声でつぶやきました。ちょっと可愛いです。
「大丈夫ですよ。誰も見ていませんから」
 わたしは、梢子さんの髪を、指でそっと梳きました。わたしの指は、梢子さんのさらさらした髪に引っかかることもなく、すっと抜けていきます。
「ん……」
 梢子さんは諦めたのか、体の力を抜いて、わたしの脚に体重を乗せてくれました。
「重く……ない?」
「いいえ、全然」
 わたしは、また梢子さんの髪に指を通していきました。
「梢子さんって、髪、綺麗ですよね」
「そ、そう?」
「ええ。さらさらで、艶があって。短くしてるのがもったいないですわ」
「……ありがとう」
 わたしは、しばらくそのままの体勢で、梢子さんの髪を梳き続けていました。
「あったかい……。なんか寝ちゃいそう……」
「いいですよ、寝てしまっても」
「それは、ちょっと……」
 そう言いながら、梢子さんはゆっくりと目蓋を閉じました。
 その時、
「誰かいるんですかー」
という声が、道場の外から聞こえてきました。梢子さんは、ばっと起き上がって、声のした方を見ました。
「あらあら。守衛さん、ですわね」
「すいませーん、もう帰りますー!」
「消灯と戸締り、よろしくお願いしますねー」
 守衛さんはこちらの返事を聞くと、次の場所を見回りに行ってしまいました。
「ふぅ……」
 梢子さんが、小さな息をつきました。
「帰りましょうか」

 着替え終わったわたしたちは、道場の明かりを消して、外に出て鍵を締めました。もう外はだいぶ暗くなっていました。
「そういえば、綾代、門限大丈夫なの?」
「ちょっと、間に合いませんわね」
「えっ? 大丈夫? 私のせいで……」
 うちの門限が厳しい事は、梢子さんも知っています。
「大丈夫ですわ。ちょっと待っててくださいね」
 わたしは、携帯を取り出して、家に電話をしました。案の定、お父様はかなり心配のようでした。
 携帯を閉じると、梢子さんが不安げな目で訊ねてきました。
「大丈夫……だった?」
「ええ。梢子さんと一緒だと言ったら、安心してくれましたわ」
「そう、良かった」
 それから、二人で校門をくぐりました。
「駅まで送っていくわ」
 梢子さんの気持ちを、わたしはありがたく受け取ることにしました。
「ありがとうございます」
 駅まで続く道は明るいとはいえ、一人より二人の方が安心できますし、なにより梢子さんと帰れるのが嬉しいことでした。
「膝枕、気持ちよかったですか?」
「え? あ、あの……その……」
 また梢子さんが真っ赤になります。こんな梢子さんの顔を見ることができたのはちょっとラッキー、でしょうか。
「よろしければ、またいつでもしてあげますわ」
「い、いいわよ、別に……」
「あらあら」
 梢子さんは、顔を赤らめたまま、そっぽを向いてしまいました。それがまた普段の凛々しい姿とはかけ離れていて、かわいらしく思えました。
 やがて、駅に着いたわたしたちは、改札でお別れしました。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、ごきげんよう」
 軽くお辞儀をして、わたしはホームに向けて歩いていきました。すぐに電車が来て、それに乗り込みます。
 今日は、梢子さんの意外な一面を見れて、楽しい一日でした。
「今度は、対校戦に勝ったらしてあげましょうか。耳掻きもしてあげるというのも、良いかもしれませんね」
 そんな楽しい想像をしながら、わたしは電車に揺られ、帰路へと着きました。

- fin -

あとがき


 感想などありましたら、 掲示板 か メールでお願いします。
 また、下記のフォームでも送れます。
 お名前:
 E-Mail: ※必須ではありませんが、書いていただければ必ずお返事します。
 URL: ※Webサイトをお持ちでしたら教えてください。
 気に入った点があれば教えてください: 登場人物 ストーリー 文体 セリフ 設定 その他
 コメントがあればお書きください。厳しいご意見も大歓迎です。
  
 コメントをWebで公開したくない場合はチェックしてください

文月の本棚: ガンパレ シュガー 灰羽連盟 マリみて アカイイト・アオイシロ アイドルマスター その他 オリジナル
表紙 PC 小説 不定記 伝言板 Gift リンク about