アイドルマスター SS
アナタのヒトコト

「やあ、待たせちまってすまんねぇ、千早」
「おはようございます、プロデューサー」
 765プロの小さな会議室に私は呼び出されていた。
 私は如月千早。ここ、765プロに所属するアイドル。と言うと聞こえはいいけど、正確には、「売れないアイドル」というのが正しい。
 デビューから半年。デビュー時はそこそこ注目されたものの、最近は仕事も減ってしまっていた。
 このままではいけない、そうは思うものの、どうすればいいのか私にはわからない。私にはアイドルなんて向いていなかったのか、そんなことすら時々頭をよぎる。
「まあ、座れや」
「はい、失礼します」
 会議室のパイプ椅子に私は腰を下ろした。プロデューサーが机をはさんで向かいに座る。
「実はな……お前の処遇のことなんだが」
 やっぱり。私は思わず身を硬くしてしまった。
「ああ、まあそう緊張するな。確かに、その、売り上げと言う点では芳しくないわけだが。ちゃんと見てるファンは見てくれてるんだぜ。ファンレターの送付率は新人にしちゃ高いほうだし、ネットを見れば熱烈なファンサイトもある」
 プロデューサーは一旦言葉を切って、話を続けた。
「千早の実力は俺は高く買ってるし、付き合いのある人間からの評価も高い。千早の魅力に気づいているファンもいる。だけど、数字的には思わしくない──。つまり、売り方がよろしくない、ってことだな」
 すまん、と言いながら、プロデューサーは頭を下げた。
「そんな、プロデューサーが謝ることじゃ」
「企画を考えるのは俺の仕事だからなぁ。それでうまくいかなきゃ、俺の責任だよ」
 プロデューサーは頭を掻きながら、そう言った。どこと無く掴みどころのない人だけど、こういう事をはっきりと言ってくれる点については、私には好ましく感じられる。
「で、だ。社長とも相談したんだが……千早、ユニットを組んでみるつもり、ないか?」
「ユニット、ですか?」
「そ。ちょうど新人でよさそうなのが見つかってなぁ。おーい、入っておいで」
 プロデューサーは椅子に座ったまま入り口のドアに向かって声を掛けた。「失礼します」という女の子の声とともに、ドアが開く。
 ドアの向こうに立っていたのは、二人の女の子だった。
「紹介するわ。天海春香と、高槻やよいだ」
「はじめまして。天海春香です」
「はじめましてー! 高槻やよい、でーす! よろしくおねがいしまーす」
「は、はじめまして。如月千早、です……」
 思ってもいなかった展開に、私はかなり動揺していた。
「ま、そーゆーことで。じゃ、よろしく」
 言うなり、プロデューサーは席を立ち、会議室から出て行ってしまった。……前言撤回。私はこの人のこういういい加減なところが嫌いだ。

「納得できません!」
 バン! と机を叩く音がオフィスに響き渡る。机を叩いたのは私。その私の前で、椅子に座ってコーヒーを飲みながら、のん気に新聞を読んでるのがプロデューサー。
 プロデューサーは、しばらく私の顔を見たあと、
「あちゃー」
とだけ言った。毎度の事ながら、どうもこの人を相手にすると気が抜ける。それでも私は精一杯の力で気力を引き戻して、話を続けた。
「あちゃー、じゃありません! ユニットのことです」
「おー、仲良くやってるか?」
「メンバーを交代してはいただけないでしょうか」
 プロデューサーは、コーヒーを一気にあおると、
「ここじゃなんだし、場所を変えようかぁ」
そう言って、立ち上がった。私も同意して、プロデューサーの後に付いていく。
「どうでもいいが、千早、腹式呼吸で怒鳴るなよ……。文字通り、部屋中に響き渡ってたぞ」
「なら、怒鳴られないようにしてくれませんか」
「おー、怖」
 プロデューサーは、空いていた会議室へと入っていった。私も中に入って、ドアを閉めた。
「で?」
「だから、ユニットのことです。メンバーを交代していただけないでしょうか?」
 プロデューサーは、「ん〜」と呟きながら、顔を横に向けたり上に向けたりした後、
「なんで?」
と問い返してきた。
「あまり言いたくはないのですが……私と、あの二人では、歌唱力に差がありすぎます」
「で、自信喪失しちゃった、と」
「逆です!」
 あの日、二人を紹介されてから一週間。何度か三人で練習を受けたけど……二人の歌声には、正直問題が多すぎた。
 端的に言うと、下手だ。
「あの二人に歌われると、こっちまでおかしなことになりそうなんですよ。なんとかしていただけませんか?」
「ん〜、そうは言ってもなあ……。もう決まっちまったことだし……」
「プロデューサー!」
 どうして私の気持ちを分かってくれないのだろう。もう私には興味が無いということなんだろうか。
「千早、おまえさぁ、アイドルに絶対必要なものって、なんだと思う?」
 突然、プロデューサーが問いかけてきたので、私は、一瞬言葉に詰まった。
「必要なもの、ですか……? やっぱり、歌唱力は……」
「だけど、その歌唱力をもってして、お前は売れてないわけだ」
 またしても言葉に詰まる。そんな、気にしてることをはっきりと言わなくても。
「あいつらにもいい所はあるんだぜ。スカウト、各プロデューサー、そして社長の目をくぐってるんだ。ちょっと違う目で見てやりな」
 プロデューサーはそう言うと、立ち上がって部屋の入り口に向かって歩いていった。
「プロデューサー!」
「はい、会議終わり。こう見えても忙しいんだわ、俺」
 バタン、とドアが閉まる。会議室の中は私一人だけ。
「どうすればいいんだろう……」
 プロデューサーの言いたいことは分からないでも無い。アイドルに必要なものが歌だけじゃない、それもたぶん正しいんだろう。
 でも、私には、歌しかないのに。
 歌を奪われたら、おそらくもう生きていくことも出来ない。そう、私のデビュー曲「蒼い鳥」のように。
 そんな私に、どうしろって言うんだろう。
「千早さ〜ん、いますか〜?」
 声と同時に、会議室のドアが開いた。私は驚いて声のした方を見る。
 入ってきたのは、天海さんと高槻さんだった。
「天海さん、高槻さん……どうして?」
「さっき、プロデューサーさんに会ったんですよ。そうしたら、千早ちゃんがここだって」
「うっうー、カラオケ行きませんか? カラオケ」
 高槻さんが突き出した手には、三枚のチケットが握られていた。
「タダ券もらったんですよ。せっかくだから、みんなで行ったら楽しいかな、って思って」
 誘われるのは悪くない気分だけど、今は……。
「ごめんなさい、ちょっと今は……」
「いーじゃないですかー。タダですよ、タダ! タダより安いものは無いんですよ?」
 高槻さんの手が私の腕をつかむ。意外にも強い力で私の体は引っ張られた。
「ちょ、ちょっと」
「さ、ノンストップで行ってみましょー!」

 あれよあれよという間に、私は結局、近くのカラオケボックスに連れ込まれていた。
「これは、拉致監禁って言わない?」
「まあまあ。せっかくだから楽しみましょ。千早ちゃん、何飲む?」
「……じゃあ、ミルクティー、ホットで」
「うん、ミルクティーね。やよいは?」
「オレンジジュース、おねがいしまーす」
 注文を聞いた天海さんが、部屋に備えつけられた電話でフロントにオーダーし終わるのを見ると、高槻さんがさっそくリモコンを手に、曲を入力した。
「それじゃ、一番、高槻やよい、歌いまーす!」
 カラオケ機の液晶画面に、曲名が表示された。「GO MY WAY!!」……うちのプロダクションの子が歌ってる歌だ。もうカラオケに入ってるんだ。すこし羨ましい。私の歌はまだ一曲も入ってないのに。
 そうしているうちに、曲の検索が終わったらしい。この歌は、前奏無しで、すぐに歌に入っていくタイプだ。高槻さんはマイクを持つと、カウントに合わせて歌い始めた。
「♪この〜つばさも〜がれては〜いきていけないわたしだから〜」
「ぶっ」
 な、何、今の歌は?
 流れている曲は、確かに「GO MY WAY!!」だ。画面を見ても、そう書いてある。
 でも、今、高槻さんが歌った歌詞は。
 私の曲「蒼い鳥」にそっくりだったような……。
(き、気のせいよ……疲れてるんだわ)
 やがて、間奏が終わる。そう、次の歌詞は「ノンストップで行ってみましょ」だったわよね……。
「♪なくことーならたやすいけれどー」
 ……間違いなく、「蒼い鳥」だ。
「♪かなしみーにはながされないー」
 ……ちっとも、悲しそうに聞こえないのはなぜなんだろう。
 私は、どうしていいのか分からず、無意識に立ち上がろうとした。そんな私の肩を、天海さんが押さえる。
「まあまあ、千早ちゃん。抑えて抑えて」
「抑えてって、だって、あれ……!」
「いいから。やよいちゃんの歌ってるとこ、ちゃんと見てあげて」
 そう言われて、私は視線を、歌っている高槻さんに向けた。歌は、ちょうどサビの部分に差しかかっていた。
「♪あおいーとりーもしーしあわーせーちかくにーあってもー」
 その顔は、歌の内容にはまったくそぐわない笑顔で。その歌はもうむちゃくちゃに音程を外しまくってるんだけど、それでも楽しそうで。
 ずっとそんな彼女を見ていたら、私まで何だかおかしな気分になっていくのが分かった。
「♪あのそーらへーわたしはーとぶーはるかなーゆめへとー」
 ダメだ。もう、耐えられない。
「ぷっ」
 ほんの小さく吹き出しただけなのに。私の堤防はもろくも決壊した。
「あははははっ、な、なんなのよ、その歌っ。あーっ、もうっ、あはははは」
 もう、どうなっても知らないわよっ。ほら、涙まで出てきちゃったじゃない。
「大丈夫、千早ちゃん?」
 天海さんが心配そうに私の背中をさすってくれる。
「もう、もうダメ……たぶん、私、しばらくあの歌まともに歌えないわ」
 こんな風に歌われるなんて、作詞家・作曲家の先生たちも思っていなかっただろう。
「やっと笑ってくれたね、千早ちゃん」
「え?」
 振り向くと、そこには天海さんの笑顔。
「千早ちゃん、ずっとまじめな顔してるんだもの。笑ったらきっとかわいいよね、って、やよいと話してたの」
 じゃあ、これは、私をわざと笑わそうとして……?
「やっぱり、千早ちゃん、笑ってる方がかわいいよ」
 そう言って微笑む天海さんは、とても魅力的で。なんだろう。目を背けようとしても引きつけられる、そんな笑顔。
『アイドルに絶対必要なものって、なんだと思う?』
 不意に、プロデューサーの言葉が思い出される。アイドルに絶対必要なもの。
 それは、たぶん。人を惹きつける、なにか。
 その「なにか」は、きっと、みんな違うものなんだろう。それでも、彼女たちは、間違いなくそれを持っている──。
「ありがとう、天海さん。あなたのひとことで、なにか目が覚めた気がする」
「あ、春香でいいよ。同い年なんだし」
 春香が手を伸ばす。
「うっうー、わたしも『やよい』って呼んでくださいー」
 やよいも、マイクを置いて、手を伸ばしてきた。
「じゃあ、春香、やよい──」
 私は差し出された二人の手を握る。
「これからも、よろしくね」
 二人の手が私の手を力強く握る。性格も技能もバラバラの三人だけど、この手を握っていればきっとうまくいく、そんな気がした。

 それからしばらくしたある日。私は事務所でプロデューサーとばったり会った。
「おはようございます、プロデューサー」
「おう、おはよーさん」
「この間は済みませんでした」
「この間?」
 プロデューサーは、自分の額に手を置いて、本気でなんだか分からないと言った表情をしている。この人のことだから、本気で忘れてるのかもしれない。
「その、メンバーを変えてほしいとか、わがままを言ってしまって……」
 ああ、と、プロデューサーは、ぽん、と手を叩いた。
「仲良くやれてるかい?」
「はい」
「そうか、なら朗報だ」
「なんですか?」
「おまえらのデビューイベントが決まったぞ。一ヶ月後だ」
「一ヶ月……」
「いやー、急で悪かったな」
「いえ、今から楽しみです。私たちなら、きっと、大丈夫です」
 プロデューサーは、私の返事を聞くと、少しいぶかしげな顔つきになって、それから口を開いた。
「私たち、ねえ……。何か、きっかけはあったのか?」
「きっかけですか……そうですね。ありましたよ」
 私は、先日のカラオケでの出来事を話した。ただし、あの後、やよいの好きな歌を強制的に歌わされて、あの二人に笑われたことだけは伏せておいた。……あんなかわいらしい歌、歌ったこと無かったんだもの。
「ちょっとした事で、人って変われるんですね。その事を、あの二人には教えてもらった気がします」
「ふーん……あ、ちょっとまて、いや、うん……こうすれば……」
「プロデューサー?」
「よし、今から知り合いの作詞家のところにちょっと行ってくる! 千早、悪いけどイベントのこと、春香とやよいにも伝えておいてくれ」
「え、はい……」
 プロデューサーは、そう言うと、勢い良く駆けだしていった。何を思いついたのかは知らないけど、途中で春香みたいに転んだりしなければいいんだけど。

 そして、イベントの当日。
「いよいよね」
「こんなにお客さんが……私、ちゃんと歌えるかな」
「大丈夫よ、春香。この日のためにプロデューサーが用意してくれた、私たちのための歌だもの」
 あの日、プロデューサーが思いついたもの。それを形にしたのが、私たちのデビュー曲。
 この歌を初めて聞いたときに、思い出した、あの時の服を着て。私たちは、今、ステージに立とうとしている。
「うっうっー、ドキドキしてきました」
「そのドキドキを、元気にして、お客さんに返してあげましょ、やよい」
 スタッフの人が手で合図を送ってきた。出番だ。
 私たちは、お互いの手をぎゅっと握りあうと、ステージの上へと駆けだしていった。
「みなさん、初めまして! Engageです!」
 客席から歓声が響く。握りしめた二人の手が、さらに強く握られる。
 私は、一度、手を握り返すと、マイクに向かって言葉を紡いだ。
「それじゃあ、さっそく聞いてください。私たちのデビュー曲です。『アナタのヒトコト』!」

- Music start! -

あとがき


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