アカイイト SS
あけび

「ふぁ……」
 わたしは、大きくあくびをして、起き上がった。
「あ……ねんねしちゃってたんだあ」
 隣では、白花ちゃんが、すぅすぅと寝息を立てている。
 お外を見ると、陽は傾きかけていて、うちの周りの木々が少し影を伸ばしていた。
「お水、飲もう」
 喉が渇いていたわたしは、台所に向かおうとした。そのとき、お外から、キィッ、という、甲高い音が響いた。自転車のブレーキの音だ。この音は。間違いない。
 わたしは、喉の渇きも忘れて、玄関のほうへ駆け出した。
 わたしが玄関にたどり着くのと、玄関の扉が開くのはほとんど同時だった。
「ただいま」
 玄関からの強い西日が、セーラー服を着たその人の姿に切り取られる。逆光で顔は良く見えなかったけど、それが誰かはすぐに判った。
「おかえりなさい、柚明おねえちゃん!」
 自転車に乗ってきたのは、思ったとおり、柚明おねえちゃんだった。わたしの従姉妹のおねえちゃん。いつのころからかはよく覚えてないけど、わたしの家で一緒に暮らしている。
「あら、桂ちゃん。ただいま。お出迎え、ありがとう」
 わたしは少し背伸びをして、両手を上に上げて、抱っこをせがんだ。そんなわたしを、柚明おねえちゃんはやさしく抱き上げてくれた。
「いい子にしてた?」
「うん。わたし、いい子だよ!」
「ふふふ、そうね。桂ちゃんはいい子だもんね」
 ぎゅっと少し強く抱きしめられて、柚明おねえちゃんの髪が頬をくすぐった。柔らかな心地よい香りが届いて、気持ちよかった。
 柚明おねえちゃんはそっと私を降ろすと、
「白花ちゃんは?」
と訊いた。
「まだねんねしてるよ」
「あら、そうなの? 起こすのも忍びないわね……。じゃ、桂ちゃんだけに、おみやげ」
「おみやげ? なに? なに?」
 おねえちゃんは、通学カバンを置くと、もう一つ持っていた、ビニール袋の中を見せてくれた。
 ビニール袋の中に入っていたのは、紫色の楕円形をした木の実。真ん中がぱっくりと割れていて、中から甘い香りが漂ってきた。
「あけびだぁ!」
「帰り道に、生っているを見つけて取ってきたのよ。縁側で食べましょ」
「うん!」
 わたしは、あけびの入った袋を受け取ると、居間の縁側に向かって走り出した。そのあとをおねえちゃんが追って歩いてくる。
「あ、桂ちゃん、ちょっと待っててね」
 そう言うと、おねえちゃんはお台所に行って、スプーンを二つ、取ってきた。
「さ、食べましょ」
 おねえちゃんが縁側に腰掛けた。わたしもその隣に座る。
「うん! いただきまーす」
 あけびの実を両手で開く。かすかに漂っていた甘い香りが強く感じられた。中の実をスプーンでかきだし、口に運んだ。
「うわぁ、すごく甘いよ、おねえちゃん」
「そうね。美味しいわ。あ、種はここに出してね」
 おねえちゃんは、スカートのポケットから、ティッシュペーパーを取り出して、わたしの膝の上に置いた。あけびはすごく甘くて美味しいけど、種が多いのがやっかいだ。口に入れたあけびの実から、種だけを選んで、ぺっぺっと吐き出す。
「おいしいねえ、おねえちゃん」
「そうね。あら、桂ちゃん、お口のまわり、べとべとよ」
 気がつけば、わたしの口の周りは、あけびの実まみれになっていた。
「はい、おねえちゃんがふき取ってあげるから、じっとしててね」
 おねえちゃんは、またポケットティッシュを取り出して、私の口の周りをふいてくれた。なんだかくすぐったくて、でもべとべとが取れる感触が気持ちいい。
 ふとおねえちゃんの顔を見上げると、おねえちゃんの口のそばにも、すこしあけびの実が付いてるのが見えた。
「あ、おねえちゃんもお口の横についてるよ」
「あら、ほんと?」
 おねえちゃんは、新しいティッシュを取り出して、それをふき取ろうとした。その時、ちょっといい考えがわたしの頭の中に浮かんだ。
「だーめ、おねえちゃん」
「駄目って、桂ちゃん……」
「わたしが、取ってあげる」
「えっ?」
 わたしは、おねえちゃんの持って行ったティッシュを取って、その中から1枚を引き出した。……2、3枚、一緒に出ちゃったけど。
「はい、ふきふきしましょうねー」
「ちょっと、やん、桂ちゃん……」
「だあめ、動かないで」
 おねえちゃんのお口のまわりをごしごしする。と、ティッシュを持っていた指が、お姉ちゃんの唇に触れた。
 その感触──あたたかくて、やわらかい触り心地──が気持ちよくて、わたしは指でぺたぺたとおねえちゃんの唇に触れ続けた。
「桂ちゃん、もう拭き終わったでしょ。だから、もう、やめて……」
「だって、気持ちいいんだもん」
「そうなの? なら……」

「ふぁ……」
 わたしは、大きくあくびをして、起き上がった。
「いけない……寝ちゃってたんだ、わたし」
 アパートの窓から夕陽が差し込んでいた。
「久し振りだな……昔の夢、見るなんて」
 あの夏の事件で、わたしは昔のことを思い出していた。とはいっても、小さい頃の全てを思い出せるわけは無くて。それでもときどき、こうやって、夢で懐かしい風景を見ることはあった。
 ぞのとき、ガチャッとドアの開く音が聞こえた。
「ただいま、桂ちゃん」
「あ、おかえり、柚明お姉ちゃん」
 そうだった。柚明お姉ちゃんは夕飯の材料を買いに行ってたんだっけ。
「ねえ、見て見て、桂ちゃん」
 柚明お姉ちゃんがなんだか嬉しそうな声で近づいてきた。
「どうしたの? 柚明お姉ちゃん」
「ほら。これ」
 そう言って、買い物バッグの仲から取り出したのは、紫色をした木の実。
「あけび?」
「そうよ。八百屋さんで売ってたのよ。桂ちゃん、昔これ、大好きだったのよ。覚えてる?」
「うん、覚えてる……っていうか、さっき、昔お姉ちゃんがあけびを持ってきてくれた時のこと、夢で見てた」
 なんていう偶然。
「こっちではなかなか手に入らないんですって。ちょっと高かったけど、懐かしくて買っちゃった。夕御飯の後にデザートで食べましょ」
「うん」
 そして夕食後。わたしと柚明お姉ちゃんは、買ってきたあけびを食べていた。久し振りに食べたあけびの実は、昔と同じ、素敵な甘さだった。種が多いのも相変わらず。
「あら、桂ちゃん。口の周りにあけびが付いちゃってるわよ」
 そして、こんな所も同じ。だったら、このあとも昔と同じようにしてもらうのもいいかもしれない。甘えん坊だとは思うけど。
「どこ? 取って、お姉ちゃん」
「ふふふ、桂ちゃんったら、甘えん坊ね」
 お姉ちゃんは、部屋の隅に置いてあったティッシュを取ろうとして──それをせずに、わたしの方に向き直った。
「じゃ、昔みたいに取ってあげる」
 そう言うと、お姉ちゃんは──私の口元に、そっと唇を近づけた。わたしはちょっと驚いたけど、すぐに目を閉じ、顔を少し上向ける。そして、温かくて柔らかいものが、私の唇に触れた。
「んっ……」
 それは、まるで夢の続きのように気持ちよかった。
 やがて、どちらからとも無く唇を離す。
「ふふっ、桂ちゃんの唇、すごく甘い……」
「お姉ちゃんのも……」
 そして、私たちは、その味に酔ったかのように、もう一度口づけた。ほのかに漂うあけびの香りが、私たちを包んでいた。

- fin -

あとがき


 感想などありましたら、 掲示板 か メールでお願いします。
 また、下記のフォームでも送れます。
 お名前:
 E-Mail: ※必須ではありませんが、書いていただければ必ずお返事します。
 URL: ※Webサイトをお持ちでしたら教えてください。
 気に入った点があれば教えてください: 登場人物 ストーリー 文体 セリフ 設定 その他
 コメントがあればお書きください。厳しいご意見も大歓迎です。
  
 コメントをWebで公開したくない場合はチェックしてください

文月の本棚: ガンパレ シュガー 灰羽連盟 マリみて アカイイト・アオイシロ アイドルマスター その他 オリジナル
表紙 PC 小説 不定記 伝言板 Gift リンク about