灰羽連盟 SS
灰羽の、名前

Written by お花

「レキ。」
「ラッカ。なに、どうしたの。」
レキの部屋に、寝巻姿で枕を抱えたラッカが入ってきた。寝る準備万端である。対してレキは、イーゼルに向かって煙草をくわえながら、孤独な夜を楽しんでいた。そしてラッカが入ってきたとたん、イーゼルに絵の具で汚れた布をかぶせる。
「ううん、なんでもない。」
レキのそんな様子をみて、ラッカはツツツと後ずさり、部屋の外からドアを閉めようとする。
「待って、ラッカ。風邪ひくよ。中入んな。」
レキは煙草の火を消しながらラッカの腕をつかみ、背を押して部屋の中に連れ戻す。
「どうしたの?」
「うん。あのね、たまにはレキと一緒に寝たいなって思ったけど、やっぱりいい。」
「なんで?」
「だってお絵かき、するんでしょ?」
「いや、いいよ。一緒に寝よう。ラッカ。」
「え?」
「私もそろそろ寝ようかと思ってたとこ。」
「ホント?」
「本当。」
そう言いながらレキはさっきやっと気に入った色をつくりあげたばかりのパレットを放り投げた。
「いいの?」
「うん。どうでもいい絵だったし。」
どうでもいい絵なんか描くのかなあ、レキ。とラッカはひそかに思ったが言わなかった。どっちにしろ今夜はもう、レキは絵を描かないだろう。
「先にベッド入ってて。着換えるから。」
「うん。」
同性といっても遠慮があるのか、ラッカはレキに背を向けてベッドに横になる。背後でレキが服を脱いでいる、衣擦れの音がする。そうしてしばらくしてから、レキがラッカの横に滑り込む。
「ラッカ。」
「うん。」
名を呼ばれて、ラッカはレキの方に向く。間近にレキの整った顔があって、ラッカはすこしどきっとした。
「どうしたの?」
ラッカがオールドホームに来てからそんなに時間は経ってないが、こんなことは初めてだったのでレキは尋ねる。
「うん。」
「なにかあったの?そういえば今日、街に行ってたね。」
その言葉にラッカはほんの少し笑顔を見せる。
「かなわないなあ。レキには。あのね、今日街にいったの。それで気付いたの。街の人はみんな、私のことを『灰羽』『灰羽ちゃん』て呼ぶんだね。私にはラッカって名前、ちゃんとあるのに。」
「灰羽にかぎったことじゃない、それは。お父さん、おばあちゃん、あかちゃん、先生、社長サン、そういう肩書きで呼ばれることなんて、誰だって同じだよ。」
「でも、名前きいてほしいな。」
「そんなに大切?名前なんて。」
「ネム、ヒカリ、カナ、クウ。ほら、みんないい名前だよ。ラッカは…落下だけど。うん、でも音の響きが気に入ってる。レキは?」
「え?」
「レキは自分の名前、気に入らないの?」
「考えたことない。」
あまりにも素早く、レキの答えが返ってきた。
「私、自分の名前好き。レキがつけてくれた名前だもの。ラッカ。」
「あ、そう。」
「でも、いつか壁を越えてしまえば私、この名前を忘れちゃうのかな。ねえ、レキ。ここに来たときの私が、自分のこと全部忘れてたみたいに。」
「ラッカ。」
「忘れたくないよ。私の名前。レキがくれた。」
「でもずっとこのまま、灰羽のままで居るわけにもいかないでしょう?」
「いいよ、レキ。」
布団の中でラッカがもぞりと動いた。
「このままで、いい。私は。」
「ラッカ。」
あたたかい手が、ラッカの頭を撫でる。
「私が名前を呼ぶよ。」
「え?」
「みんなから一生に名前を呼ばれる数よりもたくさん、私がラッカの名前を呼ぶ。」
そうしてレキはゆっくりとラッカの頭を撫で続けた。そして低く高く、なんどもなんども名前を呼んだ。
「ラッカ、ラッカ…」
その声を聞きながら、ラッカは目を閉じる。子守歌みたいにくり返し名前を囁かれて、心地よさにまどろんだ。
「ラッカ。ラッカラッカ…ラッカ。」
そのままレキはゆっくり、静かにその名を呼び続けていた。
「ラッカ…ラッカ…ラッカ。ラッカ…クラッカー。」
「っ!?」
ラッカは目を開く。
「なんか違う名前呼ばなかった?」
「気のせいだよ。」
「そうだよね。おやすみ、レキ。」
「おやすみ、クラッカー。」
「…って気付いてるからっ!レキのばかっ!」
突然起き上がったラッカは、大きな羽枕をばふっとレキの顔に投げつけたのだった。

おわり。

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